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金沢味紀行~食物多様性へのいざない(2018.6)

いざ金沢へ

ちょうど1年前、去年の6月に金沢に行った。
仕事で行ったのだが、休日をからませて雨の中、金沢を歩き回った。
金沢は、大学時代に友人がいて、
彼の実家に1週間ほどお世話になってあちこち行ったが、
どこへ行ったかもうほとんど覚えていない。

加賀百万石。
江戸の文化が花開いた金沢は、
大工でも茶をたて、謡曲を口ずさみながら仕事をするというほど
庶民の間でも様々な文化が浸透している土地柄だ。
なので、行く前から心ときめかせていた。

ふるさとは遠きにありて思ふもの。
兼六園や金沢城などの史跡や多くの博物館や美術館はもちろんだが、
金沢の魅力は、例によって・・・食べ物である。
今回は、金沢の食べ歩きにおつきあいください。

真実の海鮮丼

金沢で「食べる」といった時に、
まずどうしても欠かせないのが「近江町市場」である。
近江町市場は金沢駅の近くにあって、金沢の重要な観光名所のひとつであるが、
金沢市民から「おみちょ」と呼ばれ市民の台所と言われている場所でもある。
昼飯が近江町市場で食べれるよう昼時に金沢駅に着くように設定し、
到着したその足で近江町市場に向かったのだ。

近江町市場で食べるものといったら、それはもう海鮮丼だ。
あらかじめガイドブックで下調べをして行ったが、これは迷うわ。
どの店の店頭のサンプルや写真も気合が入っている。
てんこ盛りのネタが丼から溢れんばかりにはみ出している。
かなりのお値段のものもあるが、
これはその値段分の価値があることは実物を見なくとも明白である。

市場の中を何度も行ったり来たりした挙句、「井ノ弥」という店に入った。
入ったら入ったで、また迷った。
メニューはどれも目移りして決まらない。
海鮮丼といったって、ベーシックなものだけで
「井ノ弥どん」「ちらし近江町」「上ちらし近江町」「ちらし近江町特盛」とある。
散々迷った挙句、税込2,000円の「ちらし近江町特盛」にした。

小生は、ラーメン屋でも何でも、作っているのが見える席があったらそこに座り、
料理の作業を観察するのが常だ。
幸いにもそんな席に座ることができたので、大将の作業を観察した。
そして、出てくるであろう食べ物の質が高いことを確信した。

大将はその都度、冷蔵庫から冊を取り出し、柳刃で刺身を切り出す。
ブリ、マグロ、サーモンなどなどひとつずつである。
スプーンで掬って盛り付けているカニのほぐし身やイクラは半端な量じゃない。

で、ついに出てきた。
感動である。
何がすごいって、のっている切り身の大きさと厚さがすごい。
一切れ食べるのに3口ぐらいかかる。
「刺身食べたー」という感じである。
見た目の彩は美しいが、
薄い刺身がちょこまかとのっている海鮮丼とははっきり一線を画する。
これぞ真実の海鮮丼。大満足である。

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「井ノ弥」の「ちらし近江町特盛」税込2,000円。ネタの大きさ、厚さは半端じゃない。

近江町市場で金沢を見た

海鮮丼に大満足した後、市場の中をさまよった。
沖縄は那覇の安里市場が典型だが、
地方の「〇〇市場」というところをあてもなく歩くのはとても楽しい。
それは、今まで見たこともないものに遭遇するからだ。
中でも海産物を売る店は要注意である。

九州の柳川で、初めてワラスボやウミタケ、イソギンチャクを見たときはほんと驚いた。
で、ありました。近江町市場にも。
ここの特色は、「その場で食べれる」ということを前面に押し出していることである。
生ウニ、ボタンエビ、ホタテなどが置いてある。
広島でいえば、殻付き生ガキをその場で食べさせるような感じだ。
日本人より外国人が群がっている。
冬になって、カニやブリやタラの白子が揚るようになったら、どういうことになるんだろう。
冬に来てみたいなあ。

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これはいけん。ちょっとお酒が飲みたくなる。

海産物の店は最初から期待していたのだが、想定外の発見は野菜である。
見たこともない野菜を売っている。
「打木赤皮甘栗かぼちゃ」「金時草」「加賀太きゅうり」などとある。
思わずわが家の土産に「加賀太きゅうり」を買い求めた。

店のおばちゃんに「どうやって食べるの?」と聞くと、煮てあんかけにして食べると言う。
中国料理に普通のキュウリを皮を剥いてクリーム煮にする料理があるが、
これはもう冬瓜の食べ方だ。
「金時草」は、まぎれもなく沖縄の島野菜のひとつ「ハンダマ」だ。
ハンダマは、今まで沖縄以外では見たことはなく、
なんで島野菜が遠く離れた金沢に「加賀野菜」としてあるんだろう。

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近江町市場の加賀野菜の店。見たことのない野菜ばっかり。

調べてみると、金沢市農産物ブランド協会が「加賀野菜」として15品目を認定しており、
前述の3種の野菜はいずれも認定種である。
これらはいわゆる「伝統野菜」と言われるものである。
伝統野菜は、栽培上の弱点があったり生産量が少なかったりすることが原因で、
栽培の拡大や流通網にのらなかったものだが、
その地域の風土に育まれ、長い時間かけて育てられた恵みである。

まさに、生物多様性でいうところの「4つの生態系サービス」のうちの一つである
「物質の供給サービス」そのものである。

わが広島にも「広島菜」や「観音ねぎ」だけでなく、
「矢賀ちしゃ」「小河原おくら」「広甘藍」(ひろかんらん)などの伝統野菜があるのをご存知だろうか。

そして、あれ

これらの加賀野菜や新鮮な海産物などの地元の食材を、金沢では「じわもん」という。
加賀百万石の文化は、当然、食文化も深化させた。
金沢の郷土料理といえば、鴨を加賀麩や加賀野菜と煮た「治部煮」や、
カブとブリを麹で漬け込んだ「かぶら寿司」などがあるが、
金沢で郷土料理店に行き、これらを食べるのは、あたりまえだがお金がかかる。
なので、ポケットマネーなら、当然B級グルメである。

で、小生が食べ物の話をするときに必須なのが、そう、あれ・・・カレーである。
金沢にはご当地カレーの「金沢カレー」があるのだ。
今回の金沢食べ歩きの一番の大きな目的は、
ご当地でこの「金沢カレー」を食べることなのだ。

金沢カレーは、ステンレスの皿、具のない色の濃いドロっとしたルー、
千切りキャベツ、ソースのかかったカツがお約束である。
ご飯はこれらに埋もれ、上からは見えない。

金沢滞在中、数店に足を運んだが、
ひとつの地域にこれだけ統一されたカレーがあるというのは特筆すべきことだ。
金沢カレーには「全部のせ」的なメニューが多く、これには驚いた。
トンカツだけでなく、ハンバーグやウインナー、空揚げなどなどが所狭しとのっているのである。
これはもう、食べきれなかった。

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金沢カレーの代表店のひとつ「ゴーゴーカレー」のカツカレー。金沢カレーの典型的なたたずまいだ。

しかし、なぜ金沢というか石川県という限られた地域で独自のカレーが発展したのだろう。
資料によれば、金沢カレーの代表店のひとつ「カレーのチャンピオン」創業者の田中吉和氏が、
昭和30年代にそのスタイルを確立し、弟子たち等によって石川県内に広まったそうである。

カレーという食べ物は、ラーメンと異なり、実は「ご当地カレー」というものはありそうで少ない。
ご当地カレーとは、イノシシとかサザエとか、地域の産物がルーに入っているものをいうのではなく、
作り方やたたずまいが独特のものが小生のいうところのご当地カレーである。

小生が知る限り、ご当地カレーは、
札幌の「スープカレー」、北九州は門司の「焼きカレー」、沖縄の「黄色いカレー」ぐらいである。
ちなみに、呉や横須賀の「海軍カレー」は、小生の中ではご当地カレーには入らない。

カレーといえど侮ってはいけない。
これは「食物多様性」の「物質の供給サービス」を身をもって示すものなのだ。
金沢カレーは、そのエリアで独自に進化し、
限られた地域にだけに見られる希少な地域個体群なのだ。
石川県という生息エリアの中で、メタ個体群を形成しながら遺伝子を継承している。
今のところその絶滅確率は低いが、トキのように野生絶滅とならないよう、
地域で誇りをもって永く愛していただくよう願ってやまない。

金沢には、「金沢おでん」などご紹介しなければならないものがまだまだあるのだが、
紙面が尽きた。
今回は、食物多様性金沢戦略の一端をご紹介した。

| コラム | 10:25 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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春の野菜から(2018.5)

タケノコ・タケノコ・タケノコ

毎年、自分の持つ竹林のタケノコ掘りに誘ってくれる友人がいる。
一昨年、近所の人に掘ったタケノコのお裾分けをしていたら、
自分も掘りに行きたいというおじいさんが何人かいて、
今年もシルバー軍団を結成し、4月の中頃、タケノコ掘りに行ったのだ。

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4人2時間の戦果はこのとおり。
さあ、家に帰って近所に配りまくるぞ。
そして、その後に待つのは、膨大な量のあく抜き、下茹で・・・

当日の夕飯は、若竹煮に木の芽和え。
翌日の夕飯は、土佐煮に醤油バター焼き。
翌々日の夕飯は、趣向を変えて青椒肉絲に芙蓉蟹。
朝の味噌汁、昼の焼きソバと延々続くタケノコ料理。
下茹でして水を張ったボールいっぱいのタケノコは1週間たってもなくならない。
「季節もの」とはそういうものだ。

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ボールに入らないタケノコはタッパーで塩漬けだ。

アスパラガスは野菜のタケノコだ

春はいい。
わが家は地産地消、旬産旬消。
わが家の畑ではネギやニラが春を待ちかねたように伸び、
サニーレタス、エンドウ、アスパラガスが毎日のように採れる。

そのアスパラガスであるが、
先日息子夫婦が来たので野菜を持って帰れと言うと、
息子の嫁さんはアスパラガスが生えているのを見た事がないと言う。
アスパラガスという植物が、どのような形状をしていて、
いつも食べている部分は植物体のどの部分か知らないと言う。
じゃあ採りに行こうとハサミを持たせて庭に出て、実際に収穫してもらった。
百聞は一見に如かず。
嫁さんはアスパラガスというものの全てを理解したのだ。
アスパラガスは野菜のタケノコなのだ。

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わが家の家庭菜園のアスパラガス。
この芽は、一日で数センチも伸びるんだよ。
この芽をほおっておくと、こんなふうに伸びて、細い葉(本当は茎)が茂るんだよ。
それで地下に養分を蓄え、翌年の春にまたこういうふうに出てくるんだよ。

驚異のズッキーニ

育てている人にとってはあたりまえだが、
畑で生えているところを見たことのない人からすれば、
確かにアスパラガスの全体の形状や、
食べている部分の植物体の中でのたたずまいなどは想像がつかないかもしれない。
そういう意味でいうと、
初めて育ててみてびっくりしたのは、何と言ってもズッキーニである。

ズッキーニは、食用部分の形や食感からは、キュウリとナスを掛け合わせたような感じである。
だから、キュウリのようにツルは伸びないにしても、
キュウリやナスのように茎から食用部分がひとつずつブラリとぶら下がるものだと思っていた。

去年初めてズッキーニを植えてみて驚いた。
まず、ものすごく大きくなるのである。ものすごく場所を取るのである。
植物体は上にではなく、横にこんもりと放射状に大きくなり、
直径は1m近くになる。

加えて、葉っぱはなかなかハードで、表面には棘がある。
何ともまあ、無遠慮で、自己主張の強い姿だ。
そして、食用部分は枝からひとつずつブラリとぶら下がるのではなく、
主幹に放射状につくのである。
隣に植えたピーマンやナスは押しのけられてしまった。

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ズッキーニは放射状に「実が成る」。

マツタケの怒り

元に戻ってタケノコだが、
「季節もの」は採れる時はほんの一瞬だけど、一度にバカみたいにたくさん採れる。
地産地消、旬産旬消とはそういうものだ。

皆さんは信じられないだろうが、子どもの頃、タケはタケでもマツタケがそうだった。
4,50年前は、広島はマツタケの全国一の産地で、
小生も子供の頃、何回かマツタケ狩りに行ったことがある。
あたりまえのように手入れの行き届いた美しいアカマツ林は、もう広島にはない。

秋のその時期は、毎年マツタケをくれる人が何人もいて、
「えー、またマツタケ」とうんざりしたものだ。
走りの初物の頃は七輪などで丁寧に焼き、
湯気が上がるのを「熱い、熱い」と言いながら裂いてスダチなどをかけ、
「秋の香りじゃ」と言いながら父親が食べていたのを思い出す。

しかし、それに続くマツタケご飯が終わる頃にはもういい加減飽きてきて、
最後はいつも量がはけるすき焼きだった。
今から思えば、信じられないような贅沢というか乱暴な食べ方である。
もうマツタケは勘弁してくれぇ。

今ではその時季に料理屋で土瓶蒸しなどを頼むと、
うすーく切られたマツタケが一切れ入っていて、千円以上する。
バカなことだ。
で、思うのである。
食べ物の味と値段とは決して比例しない。

僕は騙されない。
もし、ウニがいつもバカみたいに採れて、イワシがほとんど採れなかったら、
人はウニよりイワシの方が絶対うまいと言うだろう(でも、確かにウニはうまい)。
僕は騙されない。

だけど、僕はズッキーニには騙された。
それは、僕が野菜とはこういうものだと勝手に思い込んでいたからだ。
自ら思い込んで自分の心を縛っていたのだ。
アスパラガスがどうやって生えるか知らなかったお嫁さんを僕は笑えない。

ほんとうのことを見る目

制服とか規則とかは、人を秩序立てているようで、実は人が縛られているのだ。
決められた服を着、決められたルールに従っていれば、何も問題は起こらない。
なぜその服を着なければいけないか、
なぜそのルールを守らなければならないのかを考えたうえでそれに従い(あるいは反目し)、
行動するのは労力がいる。
何も考えずにルールに従う方がずっと楽なのだ。

だからルールは、ただそれに従っているだけの人から考える力を奪ってしまう。
無意識のうちに心の自由が奪われてしまう。
お断りしておくが、ルールを守るなと言っているのでは決してない。
ルールの本質に目を向けようと言っているのだ。

ほんとうにマツタケが美味いか。
ほんとうにウニが美味いか。
周りに流されず、自分を信じ、いつもほんとうのことを見る目を持っていたい。
と思うのである。

| コラム | 10:47 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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自然の本当の姿を垣間見る(2018.4)

実物を見ることでしかわからない

ここ数年、エネルギーに関する環境学習の仕事に取組んでいる。
小学校に出向き、出前授業を行うのである。
ボランティアではなく、ビジネスである。
官庁発注のれっきとした委託事業である。
まだほんの一部だが、
近年はこのようなことが仕事として認められるようになったのは、
実にうれしいことだ。

子どもたちにエネルギーの話をするのは、そんなに簡単な話じゃない。
まず最初にして最大のネックとなるのが、発電・・・
最も一般的な火力発電の仕組みである。
大人なら説明すればすぐ理解できるが、子どもはそうはいかない。

何が難しいかというと、石油や石炭を燃やすということと、
今、目の前で点いている教室の電気を結びつけることである。
二つのものは別々の場所で起こっている別々の事象であり、共通点はない。
しかも、石油や石炭を燃やして発電しているところは誰も見た事がない。

石油や石炭を燃やして水蒸気を発生させ、タービンを回す。
ここまでは比較的簡単だ。
比較的簡単だけど、
その仕組みを実際に目で見せなければ、子どもは本当に理解しない。

難しいのはこの後で、
タービンが回り、タービンにつながった発電機により発電される・・・
では飛躍が大きすぎで子供にはわからない。

そう、電磁誘導である。
電磁誘導は中学校で習うのだ。
コイルの周りの磁場が変化すると、コイルに電流が発生する。
発電機的に別の言い方をすると、
巻いたコイルの中で磁石を動かすとコイルに電気が流れるのである。

その逆がモーターだ。
フレミングの右手・左手の法則だ。
この仕組みを理屈ではなく、目で見せなければ、子どもは本当に理解しない。

電気に関する単元は、新しい指導要領になって小学校に下りてきて、
学校には教材も少なく、教える先生も苦慮されている。
また、学校は何がないって、お金がない。
電気に関する単元で活用できる実験装置など、
学校ではとても準備することはできないのである。

そこで小生たちは、火力発電の仕組みが分かる「火力発電実験装置」と、
電磁誘導の仕組みが分かる「電磁誘導実験装置」をそろえ、
子どもたちの目の前で実際に動かしてみる。
意外だったのは、これらの実験装置は子どもたち以上に先生が喜ぶことだ。

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これが「火力発電実験装置」だ。
ボイラー(フラスコ)で温められた水は水蒸気となってノズルから吹き出し、タービン(プロペラ)を回す。
タービンの後ろには発電機があり、LEDが点灯することにより発電されたことが分かる。
タービンが回り始めたとき、LEDが点灯したとき、子ども達からどよめきがあがる。

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こちらは「電磁誘導実験装置」。
子どもたちがハンドルを回すと磁石が回転し、
両側のコイルに電気が流れ、LEDが点灯する。
発電機の中はこんなになっているんだよ。
要は、何かの力で磁石につながった軸を回せばいいんだ。

鋭い子ども

エネルギーの出前授業をやっていると、
たまに鋭い質問や意見を言う子どもに出会う。

ある学校でこんなことを言う子どもに出会った。
「石油や石炭を燃やしてCO2が出るのなら、
ごみや木(バイオマス)を燃やしてもCO2が出るでしょ。
ごみは燃やさないと仕方ないけど、バイオマスも環境に悪いんじゃないんですか?」

そう、この子どもは「カーボンニュートラル」のことを言っているのである。
植物は大気中のCO2と根から吸い上げた水を太陽の光を触媒として炭水化物を生成し、
酸素を排出する光合成を行って成長する。

「カーボンニュートラル」とは、
植物体を燃やすと実際にCO2が発生するが、
このCO2はもともと大気中にあったものを光合成により植物が取り込んだもので、
排出されても元の大気に戻っただけで、CO2は増えたとはみなされない、
ということである。
普通の大人でもなかなか気づかないことに気づく子どもがいるのである。

またある時はこんなことを言う子どもに出会った。
それは、どんな発電方式も長所と短所があるという話をしている時だった。
太陽光発電の最大の弱点は、
当然ながら太陽の出ない夜は発電できないこと、
天気の悪い日は能力が落ちること、大気の影響で発電効率が悪いこと、
次に天気に左右されるので発電にムラがあることなどを話した時だった。

その子はこう言ったのだ。
「じゃあ、雲の上で太陽を追っかけながら発電すれば、
天気にも影響されず、いつも発電できるんじゃないですか?」

これはすごい。
これは「宇宙太陽光発電」なのだ。
まだ構想段階だが、JAXAなどが本気で考えているものなのだ。
「宇宙太陽光発電」は、ロケットで打ち上げた太陽光パネルを宇宙空間で広げて発電し、
発電した電気をマイクロ波で地上に送るというものだ。

問題は、一辺が数km四方という太陽光パネルを、
どうやって折りたたんでロケットで打ち上げ、
宇宙空間でそれをどうやって広げるか、ということだそうだが。

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宇宙太陽光発電。
宇宙空間でいつも太陽の方を向いていれば、昼夜もなく、雨や雪の心配もない。
いつも100%の効率で発電できる。

どうして1+1=2なのだ

ロジックの穴に直感的に反応する。
常識にとらわれず自由に発想する。
こういう子どもたちに出会うととワクワクする。
僕はこういう子どもたちが大好きだ。
こういう子どもたちを大切にしたい。

かの発明王エジソンは、
子どもの頃、「1+1=2」がどうしても理解できなかったそうだ。
2つの粘土の塊をくっつけると1つの塊になるのに、
なんでそれが2なのかと。

エジソン少年は、先生から「頭が腐っている」と言われ、
わずか3ヶ月で小学校を退学させられた。
僕は、エジソン少年の素朴な疑問はよくわかる。
それを理解できない先生の方が、腐る前に「頭が固まっている」のだ。

子供の頃、発達性障害で言葉がうまく話せなかったアインシュタインは、
自分が光の速さで光を追いかける夢を見たという。
目が覚めて、
光の速さで飛ぶ自分の前に置かれた鏡に自分の姿は写るか考えた。
(自分から出た光が鏡で反射されて自分の目に届いて自分の姿が見える)

何ということを考える人だ!
どうしてこんなことを想いつくんだろう!

自然の発想は自由で美しい

自然の発想は自由だ。
鼻や舌が伸びて手のように使うことができる動物を誰が想像できただろうか。
自然はあるがままに象やカメレオンを創り出したのだ。

自然の法則は美しい。
教科書から脱線して二項定理やパスカルの三角形を「美しいもの」、
心を込めて数学を「美しいもの」として教えてくれた高校の数学の先生を、
僕は忘れない。
自然界の秘密を垣間見たようだった。

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二項定理とパスカルの三角形。
パスカルの三角形の横や斜めの各数列やその和もまた、
自然界で植物の花や実、巻貝などの螺旋などに見られるフィボナッチ数などの数列となっている。
何という不思議。何という神秘。美しい。

僕も、はっと思う小さな感動を伴う発見を、
少しでも子どもたちに伝えられたら、と思う。

そして、そんな子どもたちが、
自然の本当の姿をちらっとでも垣間見ることができたら、と思う。

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ゆく川の流れは絶えずして(2018.3)

ありえない!

その昔、12年暮らした首都圏から郷里の広島にUターンしてしばらくは、
東京生まれの埼玉育ちの妻は、見るもの聞くもの初めてのことが多く、
小生は気にも留めないようなことが驚きの連続だったようだ。

例えば、初めて宮島だったか海水浴に行ったとき、気持ち悪いと言ってなかなか海に入らない。
水もきれいなのに何が気持ち悪いのか尋ねたら、瀬戸内海は波がないのが気持ち悪いという。
関東で海水浴といえば房総だ。寄せては返す太平洋だ。
波のない海に初めて遭遇した彼女はこう言ったのだ。
「(両親の里の会津の)猪苗代湖の方がずっと波がある」。

その彼女が大声をあげて笑ったのが三江線である。
何がおかしかったかというと、電車が1両で走っているのがおかしかったのである。
三次の尾関山あたりを車で通った時だっただろうか。
「何てかわいいの。電車が1両で走るなんて初めて見た。信じられない」という。

別に、三江線じゃなくても、このあたりのローカル線、
山陰本線でさえ1両で走っている電車は珍しくない。
しかし、電車といえば首都圏の国電しか知らない人間からみると、かなりの衝撃だったようだ。

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その三江線はこの3月をもって廃線が決まってしまった。
大水害からの復旧のシンボルとなった井原川橋梁を走る1両編成の三江線のラッピング車両「三江線神楽号」。
その三江線も・・・
(写真:ぶらり三江線WEB(三江線改良利用促進期成同盟会・三江線活性化協議会))

変な川・江の川その1

その三江線はこの3月をもって廃線が決まってしまった。嗚呼。
「三次」から島根の「江津」までを結ぶから「三江線」といい、
「中国太郎」江の川に沿ってずっと走っている路線だ。
仕事で島根にはよく行くので、川本から粕淵まで、広い江の川の川岸の山裾に張り付くように、
線路とからまりながら走る道路をよく通ったものだ。
その江の川だが、この川は変な川だ。

何が変かというと、まず、その流路だ。
江の川は、広島県北広島町芸北の阿佐山に源を発し、はじめ南東方向に流れるが、
やがてほぼ直角に北東に進路を変え、三次で馬洗川、西城川とまさに巴型というか、
(三次の合流地点にかかる橋を巴橋という)X字型に合流し、
いきなり進路を再び直角に北西に変える。

さらにまた島根県の粕淵で今度は進路を再々度直角に西に変え、
最後は北西方向に流れて日本海に注ぐのである。

何が、変だって、最初は南東方向に向かって流れていたのに、ぐるっとほぼ1回転し、
最後は全く逆向きになって北西方向に流れて日本海に注ぐのである。
中国地方では、いうまでもなく中国山地が脊梁山地である。
瀬戸内海に向かって流れ始めた川が脊梁山地を突き破り、
こともあろうに日本海に注ぐとは。

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江の川流域図(資料:広島県河川課)
中国山地は、北東~南西方向の断層谷で形成され、この構造線に従って河川は流れる。
江の川が中国山地を貫く部分を江川関門といい、これにより中国山地は西中国山地と東中国山地とに分断される。

変な川・江の川その2

このことに関係するのだが、次に変なのが分水嶺だ。
江の川の場合、瀬戸内海と日本海の分水嶺は脊梁山地である中国山地ではないのだ。
その分水嶺は中国山地よりずっと南、安芸高田市向原町にある。

分水嶺というものは山地のピークにあるもので、いわば川の峠である。
しかし、この分水嶺は田んぼに囲まれたほとんど平らなところにあり、
全く分水嶺という感じのしない分水嶺で、「分水界」という。

この分水界を「泣き別れ」といい、市指定の天然記念物になっている。
なぜ、こんなところに分水界があるか。
それは、「河川争奪」が起きたからである。
この向原の「泣き別れ」と、谷を隔てた国道54号沿いの上根峠は、わが国でも有名な河川争奪の例なのだ。

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河川争奪のしくみ。
国道54号で大林から根之谷川の流れる狭い谷を抜け、バイパスの高架とトンネルで通過する上根峠を上がって安芸高田市八千代町に入ると、突然視界が開け、広い谷底平野になる。
しかし、こんな広い谷なのに川は見当たらない。
河川争奪で根之谷川が奪った元あった河川(江の川水系の簸の川)の下流部分なのだ(図の点線部分)。

余談だが、ひとまとまりで意味のある英数文字が行替えによって2行に分離されること、
例えば、Environmentという単語が1行目の最後にEnvironがきて、
2行目の最初にmentとなるような行替えのことを「泣き別れ」という。
今時のワープロは「泣き別れ」回避機能が必ずついており、
「泣き別れ」には絶対ならないが、どちらかの行に収まるため、
長い単語や数字がある行では、前後の行で文字数が非常にアンバランスになる。

変な川・江の川その3

江の川は、源を発する広島県では本来、江の川とは言わない。可愛川(えのかわ)という。
島根県では江の川(ごうのかわ)ではなく、江川(ごうがわ)と言う。
江津に流れ込む川だから、江川なのだろう。
一方、可愛川の名は、日本書紀にも見られる古くからの呼び名だそうだ。
「えのかわ」の呼び名が先にあって、それを「江の川」と書いたという話なら分かるが、
そもそも可愛川はどうして「えのかわ」と読むのだろう。

同じ川なのに場所によって名前が違うのは、有名な例がある。
日本で一番長い川、信濃川である。
信濃川は長野県に源を発し、新潟県で日本海に注ぐのだが、
長野県では千曲川、新潟県では信濃川になる。
信濃の国の方ではなく、越後の国の方が信濃川なので、混乱してしまう。
しかし、ちょっと考えてみると、越後の人からしてみると、
信濃の方から流れてくるから信濃川なのだろう。

また、清流で有名な四万十川は、
正式に四万十川になったのは実は最近で、平成6年のことなのだ。
それまでは、もともと河口部の中村の人達が呼んでいた、
渡川(わたりがわ)が正式名称だったのだ。

しかし、「四万十」とは変な名称である。
島根の十六島(うっぷるい)など、数字が絡む地名は変なものが多い。
「四万十」の由来はアイヌ語とかいろいろな説があるようだが、現在でも定まっていない。

川の名前というものは、一般的に河口部での呼び名が採用される。
たいていの河川は河口部が開け、都市が発達して人口も多く、
そこでの呼び名がスタンダードになるのだ。
新潟の人が呼んだ信濃川にしてしかり、中村の人が呼んだ渡川にしてしかり。

しかし、江津の人が「ごうがわ」と呼んだ川はなぜ「ごうのかわ」なのか、
また、山陽側ではなぜ「えのかわ」なのか。
江の川は変な川である。

ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、 かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

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「ない」ものから見えること(2018.2)

「ないものはない」

先月末、島根県は隠岐の島の小学校に出前授業に行った。
今年一番の寒波襲来の中、前日2日は波浪警報でフェリーが欠航した中での出航だ。

隠岐の島は、本土から60km離れた日本海に浮かぶ離島で、
ほぼ円形の形をした大きな島と、
そこから少し離れて小さな島が3つ集まっている2つの区域から成り、
前者を島後、後者を島前という。

島前にある海士町は、1島1町の人口2,400人の小さな町である。
小さな町であるが、全国的に知る人ぞ知るただ者ではない町なのである。

どうただ者ではないかというと、まず、過疎の代名詞のような離島にあって、
ここ10年間に400人のIターン移住者を集めているのである。
なんと、町の16人に1人が移住者なのだ。
県の人口が70万人(広島「市」の人口の6割)を割った島根県にあって、
海士町は、唯一の人口増加自治体なのである。

どうしてこんなことができたのか。
まず、島前唯一の高校である隠岐島前高校に特別進学コースと地域創造コースを設けるとともに、
公立の塾を作り、地域の最も貴重な資源である若者に対して魅力ある環境を創った。

一方、社会経済の基盤となる産業分野では、CASという最新の冷凍システムを整備し、
特産の岩ガキやイカなどを、鮮度を保ったまま首都圏などに出せるようにした。
40億円の財政規模で5億円の投資をしたというのだから、その決断と行動力はただ者ではない。
その他いろいろあるのだが、シビレたのは何といっても「ないものはない」宣言である。

「ないものはない」宣言は、
「海士町らしさ」を表現するCI(コーポレート・アイデンティティー)戦略である。
海士町によれば、「ないものはない」という言葉は、
①なくてもよい ②大事なことはすべてここにある という二重の意味を持っているそうである。

海士町は、モノは豊富ではないが自然や郷土の恵みは潤沢で、
暮らすために必要なものは充分ある。
そして、地域の人どうしの繋がりを大切に、無駄なものを求めず、
シンプルでも満ち足りた暮らしを営む真の幸せ、本当の豊かさがある。
素直に「ないものはない」と言えてしまう幸せが、海士町にはある。
と言いきっている。

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「ないものはない」のポスター。
このデザインで職員の名刺や役所の封筒なども統一されている。
コンセプトをこれほど象徴的・印象的に、かつ視覚的に分かりやすく訴求力をもって伝えるICはなかなかない。

無と有・空と色・陰と陽

「ない」―すなわち「無」―という言葉は、なかなか難しい言葉である。
あるインド哲学によれば、「無」は「虚」(うつろ)ではなく、「無」が満ちているという。
つまり、「無」がいっぱいに「有」(存在)しているということだ。
このような絶対的な「無」は、「ある」に対する「ない」ではなく、
「ある・ない」の存在論を超えているのだ。

有名な般若心経の「色即是空」の「空」がこれに近いイメージだ。
「空」には認識できる実体はないが、エネルギーのようなものが詰まっている。
エネルギーのようなものは見えないが、刻々と姿を変え、
何かのきっかけ(縁)があれば形(色)をもって現れる。
すなわち「空」とは、
きっかけによって事象が現れることができるような基礎的な平衡状態を言うのである。

宗教的な話からぐっと科学的に方向転換して、
ここで思うのが量子力学や宇宙の始まりの話である。

宇宙ができる前は、文字どおり「空」で、「空」間も、時間さえも「無」かった。
しかし、プラスとマイナスの素粒子が相殺し合って何も「無」いようにみえていた「空」が、
「ゆらぎ」によってその均衡が破れ、「無」から「有」が生じた。
そのとたん、空間の急激な膨張(インフレーション)とビックバンが起こり、
あっという間に宇宙が誕生した。
「無」から「有」が生じ、「空」は「色」となったのである。

本に書いてある宇宙誕生の話は、日本語としては理解できるのだが、
何とも実感の伴わないイメージすることが難しい話である。

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宇宙誕生から現在まで。
137億年前、素粒子の「ゆらぎ」により宇宙が誕生した。
「ゆらぎ」からビックバンまでの時間は10の-33乗秒で、その温度は10の28乗度だったそうだ。
数字を聞いても、全くイメージできない。(資料:Pixabay)

以上は西洋の現代科学による宇宙の始まりだが、
東洋の古代文明による宇宙の始まりもいろいろな示唆に富んでいて興味深い。

太極図というものをご存知だろうか。
下の図のようなもので、大韓民国の国旗の真ん中にあるやつである。
「太極」とは宇宙・万物の根源という意味である。
宇宙にはまず「陰」と「陽」が現れ、次にそれがそれぞれ2つに分かれ、
それがまたさらにそれぞれ2つに分かれて世界を創っていった。

この黒と白の巴型が「陰」と「陽」なのだが、
先程の「空」の中でゆらぐプラスとマイナスの素粒子と同じような話だ。
科学的な現象や真理は、昔から人間が沈思してきた思惟と思わぬ類似があるものである。
何千年もの昔から、東洋の人達は宇宙の真理を見つめてきたのだろうか。

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太極図。
始めは小さかった陰(陽)がだんだん大きくなり、やがてそれは陽(陰)に変わっていく
―「陰極まれば陽に変ず」。
しかも、極まった陰(陽)の中には陽(陰)がある(図中の小さな丸)
―「陰中の陽」。

今、そこにある幸せ

「ないものはない」の2つの意味のうち、1番目の「なくてもよい」は、
持たないものは失うことはないから、必要以上の無駄なものは持たないということである。
2番目の「大事なことはすべてここにある」は、
アニメのキン肉マンでラーメンマンが言った「ないもの以外はすべてある」を思い出させる。

「ないもの」は、大事ではないものなのである。
だから、「ここにあるもの」は、すべて大事なものなのである。
そして、大事なものは、あれもこれも、というものではない。

大事なもの―すなわち、真の幸せ、本当の豊かさは、慎ましやかなものなのだ。
だから、それは特別な場所にあるのではない。
毎日の生活の、今あるところにあるのだ。
気づかないだけなのだ。
僕たちの心の持ちようだけなのだ。
あなたの、僕の、すぐ横にあるのだ。

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