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ニライカナイからの風(2017.11)

アメリカ世

思えばトランプさんが大統領になってから、はや1年が過ぎようとしている。
(まだ3年もある)
忘れもしない昨年の11月11日、ガラスの天井は破られず、
まさかまさかのトランプさんだった。
あの日、誰もが驚き、いろいろな人と話をしたことを覚えている。
「〇〇ファースト」
・・・何かおかしな雰囲気が、あれから世界中に蔓延したような気がする。
もちろん、日本も。
アメリカはいったいどこに行くんだろう。

ところで、「アメリカ世」という言葉を知っておられるだろうか?
4,5年前、沖縄のどこだったか忘れたが、歴史民俗資料館の展示を見ていたら、
なんじゃこりゃ?という資料に出くわした。
特に変わった資料ではない、ただの年表なのだが、こんな年表初めて見た。
近代のところに「アメリカ世」とある。
初めて聞く言葉だ。
沖縄では、これを「あめりかゆー」と発音するそうだ。

「アメリカ世」は、太平洋戦争で日本が負け、アメリカが沖縄を統治した27年間を言う。
正確に言うと、
サンフランシスコ平和条約により、沖縄・奄美・トカラ列島は日本から切り離され、
アメリカの「琉球列島米国民政府」の施政下に置かれたのだ。
沖縄は、正式に日本ではなくなったのだ。

沖縄がアメリカの統治下にあったことは誰でも知っていることだ。
しかし、冷静に考えればわかることだが、
日本ではなくなったと踏み込んで考えたことはなかったんじゃないかな。
僕がそうであるように。
沖縄は、アメリカが占領していたのではなく、はっきりとアメリカの国だったのだ。
近代の中に「アメリカ世」という時代がある年表を目の当たりにして、
僕は初めてそのことの重さを認識した。

琉球処分

沖縄の年表を見ていて、もうひとつ異質なことに気づいた。
明治時代の始まりの所だ。
年表の明治時代の始まりの線が日本の(本土の)のものとずれている。
これも沖縄で年表を見て初めて気づき、初めて知った。

「琉球処分」といわれることがあったのだ。
「日本の」明治時代の前は江戸時代なのは誰でも知っている、
というのはヤマトンチュー(本土人)の勝手な言い方で、
ウチナンチュー(沖縄人)からみれば、
明治時代の前は、なんと、日本ではないのだ。
琉球王国という独立国家だったのだ。

言われれば当たり前だが、そんなことそれまであまり考えたことがなかった。
明治政府は、明治5年 (1872年)に琉球王国を廃して琉球藩とし、
さらに明治12年(1879年)琉球藩を廃して沖縄県を置いた。
これを「廃藩置県」ということは学校で習ったとおりだが、
沖縄では「琉球処分」なのだ。
当時、琉球王国は清と従属関係にあった独立国家であったが、
明治政府が無理やり支配下に、すなわち日本に組み入れたのだ。

琉球の廃藩置県は、琉球王国と宗主国である清の強い抵抗でなかなか実現しなかった。
明治政府は、清に対しては、
台湾に漂着して殺害された琉球人に対する報復を名目に台湾出兵を行い、
被害者は日本国属民であり、琉球が日本に属することを認めさせた。
一方、琉球に対しては、武力を背景に廃藩置県を要求し、
琉球王の尚泰に首里城を明け渡させた。
これにより、琉球王国は崩壊したのだ。

この一連の騒動が「琉球処分」なのだ。
従って、一般的には廃藩置県は明治4年(1871年)なのだが、
沖縄では明治12年(1879年)なのだ。
従って、沖縄での明治時代の始まりは本土(日本?)より遅く、明治12年からなのだ。

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那覇の下町で見かけた超レトロな店。なぜか「琉球政府」という免税店だ。

何ともひどい話だ。
「琉球『処分』」という言葉にそれが如実に表れている。
琉球は「処分」されたのだ。
学校で教える日本歴史の廃藩置県は明治4年(1871年)というのは正しくないじゃないか。
沖縄のことは、本筋からそれた例外だという姿勢には、上から目線を感じる。
アメリカ世のことも、琉球処分のことも、知らなかったことを恥じ入るばかりである。
沖縄戦はもとより、昔から続くこのような仕打ちの積み重ねに、
沖縄の人のことを想うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

image003_20171031142715429.png
年表にすればこうなる。グレーの部分は、沖縄(琉球)が日本ではなかった時代だ。

「律する」文化と「許す」文化

沖縄に住んでいる本土出身の後輩が、最近共感した話として、次のような話をしてくれた。
ヤマトンチューの文化は「律する」文化であるのに対し、
ウチナンチューの文化は「許す」文化であると言うのだ。

彼は先日、家族で久しぶりに東京に行ったそうである。
そうすると、見知らぬ人から怒られっぱなしだったそうである。
子どもが泣いてうるさい。
奥さんの旅行バックが体にあたった。
本人が歩いていてぶつかりそうになった。
怖い顔をされ、時には罵倒され、とても怖く、嫌な思いをしたそうだ。
断っておくが、彼は首都圏の大学の出身で、都会を知らない田舎者ではない。

確かに、自分たちに落ち度はあるのだが、何もそこまで怒らなくてもいいじゃないか、
沖縄だとそういう反応はないのに、と思ったそうだが、
先の話を聞いて合点がいったという。

他人に迷惑をかけないようにすることは当たり前のルールで、
そのために自分の責任が及ぶ範囲のことはいつも気をつけてきちんと行うのが、
「律する」文化である。
これに対して、迷惑をかけようと思ってやっているのでないならば、
その人に非はないのだから、目くじらを立てるべきではないというのが、
「許す」文化である。

「自由と責任」を第一義とする神経質な小生は前者の典型であるが、
一方で、自分にはないおおらかさを持つ人が羨ましい。
沖縄の人の「なんくるないさー」な態度に接すると、
いいかげんだなと思うこともあるが、それ以上に、おおらかで心地よく、
せこい自分は小さく嫌な奴だと思われてくる。

悪意に満ちた人はなく、誰もが「許し」合えるなら、
どんなに平和で幸せな世界になるだろう。

その昔、「処分」されて無理やり日本に組み入れられ、
日本本土の捨て石とされて県民の4人に1人が殺された上に、
その後27年間も別の国になり、今も大きな負担を負わされている沖縄の人たち。
加えて、
それらのことをちゃんと認識できていない本土(日本?)のほとんどの人たち。
であるのに「許す」文化を脈々と受け継ぐ沖縄の人たち。

「ニライカナイ」は海の彼方にある沖縄の人の理想郷である。
魂はそこで生まれ、またそこに還っていくという。
「いちゃればちょーでー」(行き会えば兄弟)。
ニライカナイから来たウチナンチューは、あくまでもフレンドリーだ。

物事の本質を深く見つめて己を「律し」ながら、
人の身になり、人に寄り添い、「許す」ことのできる人間でありたい。
そうすれば、僕も「ニライカナイ」に還っていくことができるかもしれない。

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沖縄の亀甲墓。沖縄の人は、先祖をとても大切にする。
亡くなった沖縄の人の体はここに、魂はニライカナイへ。

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