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お好み焼きから世界が見える(2016.5)

西洋お好み焼き

今からざっと40年前、高校生の頃、友人が、
「おい、知っとるか、本通りに西洋お好み焼きを食べさせる店ができたんじゃと」と言う。
『西洋お好み焼き』?なんじゃそりゃ。
お好みソースがケチャップなのかな。青のりじゃなくてパセリがかかっているのかな。
ヘラじゃなくて、ナイフとフォークで食べるんかいな。

などと思っていたら、それを食べに行った友人が勝ち誇ったように言う。
「おい、『ピザ』ゆうて知らんじゃろう。西洋お好み焼きは『ピザ』ゆうんじゃ」
「で、そりゃあ、どんな食い物じゃった?」
「厚いお好み焼きに溶けたチーズがかかっとる」

ここで最初の疑問だ。
そもそも溶けたチーズというものが想像つかない。
チーズといえば、QBBや雪印の四角いやつを切って食べるものだ。
あの硬い石鹸みたいなものが溶けるとも思えない。

「ナイフとフォークで食べるんか?」
「いいや、手でつまんで食べるんじゃ」
おいおい、お好み焼きを手でつまんで食べる?
あんな熱くてソースまみれの焼きそばやキャベツを手でつまんで食べるんか!

で、百聞は一見に如かず。みんなで食べに行こうということになったのだ。
余談だが、小生の高校は制服もなく自由な校風で、
下校の際はいつも広島の繁華街の本通りをぶらついて帰るのが常だった。
(これを『本ブラ』という)
真面目な高校生だった小生は本通りの本屋をはしごしたが、
学校帰りに喫茶店はもちろん、
パチンコや雀球(知ってるかな)に出入りするやつも少なくなかった。
なので、平気で喫茶店などに行ってたのだ。

はたして、出てきた。これが『西洋お好み焼』きか。いや、『ピザ』か。なるほど。
『西洋お好み焼き』というけど、お好み焼きと全然ちがうじゃん。
こりゃどっちかというと、丸くて平たいパンだ。
おお、美味いじゃないか。カッコイイ食い物じゃ。

しかし、次なる問題は、サテンのおねーちゃんがピザといっしょに持ってきた小瓶である。
「ケチャプじゃろう」
「ほいじゃが、ケチャップにしたら小さいでぇ」
「高級ケチャップじゃけえビンが小さいんじゃ」
ちょっとかけてみようということになったのだが・・・
「これ、出が悪いのう。なかなか出ん。口が小さすぎるんじゃ」
「高級じゃけえ少ししか出んようになっとるんじゃ」
「めったに食べれんけえ、いっぱいかけやぁ」

そう、タバスコである。
この後どうなったかは、ご想像にお任せする。
この後、ピザを出す喫茶店は広島にあっという間に広がった。

タバスコといえば、スパゲティである。
当時はまだパスタという言葉は、ない。
そして、スパゲティといえば、ナポリタンとミートソースである。
それ以外のスパゲティは、ない。

小生が小学生の頃のスパゲティは、
袋に入ったゆでめんと粉末のケチャップをフライパンで炒めて作るものだった。
乾めんを茹でるようになったのは、いつの頃からだろう。
アルデンテという言葉が一般的になったのは、いつの頃からだろう。
高校生の頃は既にそうだった。
でも、なつかしいなあ、ナポリタン。
喫茶店のスパゲティの定番、トンカツ、カレーライスと並ぶ和製洋食の傑作だ。
オリジナルなイタリアのパスタから遠く離れてしまったけど、
僕はイタリア料理の偽物というより、進化をとげた和製洋食だと思う。

お好み焼き七変化

『西洋お好み焼き』ではない、本物のお好み焼きであるが、
僕が子供の頃、お好み焼きは焼きあがったら半円状に二つにたたみ、
たたんで上になった皮の部分にソースを塗り、青のりを振りかけて出していた。
従って、ネギかけとか、いわゆるトッピングという概念はなかった。

丸いままで出し、トッピングするようになったのは、いつ頃だろう。
イカを入れるのはあったけど、チーズやら、納豆やら、
いろいろなものを入れるようになったのはいつの頃からだろう。
また、昔はチャンポンといって、ソバとウドンの両方を入れるメニューがあったのだが、
最近はとんと見たことがない。
その一方、ひき肉を使う府中焼き、砂ズリを使う尾道焼き、
ソバではなく米を使いポン酢で食べる庄原焼き、唐麺を使う三次唐麺焼きなど、
様々なバリエーションが生まれている。
これらのバリエーションのうちいくつかが生き残り、
やがて定番となり、オリジナルがスタンダードになっていくのだ。

IMG_0159.jpg
戦後の復興期、新天地に集合した屋台のお好み焼きは、お好みソースの開発とともに一銭洋食からソバ肉玉のお好み焼きへ、さらに店独自のバリエーションへ。そして屋台は、「お好み村」へ進化した。

お好み焼きといえば、中学生の頃、大阪万博に行ったときのことを思い出す。
西宮に親戚があり、立ち寄った。
そこのおばさんと小生の母親が話をするうちに、お互いお好み焼きが好きだということが分かり、
意気投合してじゃあ早速食べに行こうということになって、店に連れて行ってもらった。
で、出てきたのはお好み焼きとは似ても似つかない代物だった。
そう、初めての関西風のお好み焼きとの遭遇だった。

ソバも入っていないし、粉をかき混ぜて焼くだけじゃないか。
技術も何もあったもんじゃない。
キャベツやソバが飛び出さないよううまくひっくり返したり、
ソバはパリッと、キャベツはふんわり甘く、そういう技術は必要ない。バカでもできる。
おばさんには悪いが、我が家ではそれ以来、関西風お好み焼きを『くるくるぽん』と称している。
しかし、大人になって大阪でお好み焼きを何度か食べ、
生地の配合、具材等、これはこれで技術を要する食べ物であることは理解した。
これを卑下するものではないことをお断りしておく。

スタンダードとオリジナル

小生たちにとっては、いわゆる広島風のものが『お好み焼き』であり、
先方のものは『関西風お好み焼き』なのだ。
しかし、全国的に見ると、関西風お好み焼きが『お好み焼き』であり、
広島のものは『広島風お好み焼き』なのだ。

広島で『広島風お好み焼き』の看板を上げている店は、少し考えた方がいいんじゃないかと思う。
広島でお好み焼きといえば広島風なのは当たり前で、
わざわざ広島風と入れるのは、その店が土着の本物を食べさせる店ではなく、
観光客向けの店だと自ら言っているようなもんじゃないか。
ましては、その上に「元祖」や「本家」をつけるのはやめてほしい。
広島では、屋台の時代から、みんなが「元祖」であり、「本家」なのだから。

IMG_0160.jpg
広島で店出して「元祖」はないじゃろう。(某有名店)

人は誰も自分がスタンダードだと思っている。
しかし、外には広い世界が広がっているのだ。
その広い世界を見て、経験して、そのうえで自分を見てみると、
自分は決してスタンダードではないことに気づく半面、
今まで気づかなかった自分のオリジナリティを発見する。

自分のオリジナリティを発見したら、止まっていてはいけない。
いろんなものを採り込んで、絶えず進化していかなければならない。
進化によりスタンダードからどんどん離れていったとしても、
それが唯一無二のオリジナルになるのだ。

誰もがOne&Only、一にして二ならざるものなのだ。

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