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つゆのあとさき(2015.7)

特許許可局

ゴールデンウィークの頃、しきりに耳にしていた「ホーホケキョ」も、
日々の事々に取り紛れているうちにいつしか聞かなくなり、
電線の上から不意に「グジュグジュグジュ」とツバメの独り言を聞くようになった。

しかし、梅雨入りを前にした鳥の声は、何といっても「特許許可局」。
そう、ホトトギスである。
知らない人のために言っておくと、ホトトギスは「キョッキョ キョキョキョキョ」と鳴く。
2節目の頭にアクセントがある特徴的な鳴き声だ。
これが「特許許可局」と聞こえると言われている。実際、その通りだ。
この声を聴くと、ああ、今年もホトトギスが鳴く頃になったんだなあ、と季節に気づく。

ホトトギスは、信長・秀吉・家康の性格の違いを表す「鳴かぬなら・・・」などの句で有名だが、
(ちなみに、これらの句は江戸時代に創作されたもので、本人達が実際に詠んだ句ではない)
ホトトギスと言えば、小生は清少納言、枕草子を思い出す。

ホトトギスは変な鳥である。
大きな変な声で夜も鳴く。
しかし、ホトトギス好きの清少納言は、ホトトギスと同じぐらい変な女の子だと思うのである。

杜鵑(ほととぎす)は猶更にいふべきかたなし。いつしかしたり顏にも聞え、歌に、卯の花、花橘などにやどりをして、はたかくれたるも、ねたげなる心ばへなり。五月雨の短夜に寢ざめをして、いかで人よりさきに聞かんとまたれて、夜深くうち出でたる聲の、らうらうじく愛敬づきたる、いみじう心あくがれ、せんかたなし。(枕草子 四十八段)

ホトトギスは、やっぱり言いようがないぐらい、いいよね。
(まだ忍び音《ホトトギスの鳴き始め》だと思っているうちに)
いつの間にか得意になって鳴いている。
卯の花や橘の木などにとまって姿は見えないところなんか、憎らしいぐらいいいね。
梅雨の頃の短い夜に目が覚めたので、よっし、誰よりも先に初鳴を聞こうと待っていると、
深夜に鳴き出した声がまた朗々と響いて可愛らしくて、
とっても心惹かれてどうしようもなくなるのよ。(小生訳)


「したり顔」で鳴いているとか、「はたかくれたる」のが憎らしとか、
小生と同じ感性で言葉をつむいでいる。
最後の「いみじう心あくがれ、せんかたなし」なんか、癖になりそうなフレーズだ。
徒然草序段の「あやしうこそものぐるほしけれ」と競るね。

一度お会いして、話をしてみたかったなあ、清少納言。
特A型の小生は、心は狭いが、心のひだは繊細なのだ。
ちなみに、かの松下幸之助は、信長・秀吉・家康の句になぞらえて、
「鳴かぬなら それもまた良し ホトトギス」と詠んだそうである。
心が広いのである。

よく知られた唱歌「夏は来ぬ」にはこのホトトギスをはじめ、
梅雨時の、初夏の風物が歌詞全体に盛り込まれている。

卯の花の 匂う垣根に
時鳥(ほととぎす) 早も来鳴きて
忍音(しのびね)もらす 夏は来ぬ


いみじう心あくがれるもの

この「夏は来ぬ」の歌い出しの「卯の花」であるが、
これは間違っても「オカラ」ではない。
植物の「ウツギ」のことである。
ウツギは梅雨時に白い花を咲かせる低木である。

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卯の花(ウツギ)。
ウツギは「空木」の意で、茎の中が中空なのでこうよばれる。
(写真:無料写真素材フリー「花ざかりの森」)


昔はそんなことは思わなかったのだが、最近は梅雨時の花がとても美しいと思う。
ここまで生きてきて、やっと梅雨時の花の美しさに気づいたのである。

この卯の花(ウツギ)、タイサンボク、ヤマボウシ、沙羅の木(ナツツバキ)、ナンテン、ドクダミ・・・
なぜかみんな白花だ。
梅雨時の花といえば、ステレオタイプにアジサイというけれど、
僕はこれらの白花に惹かれる。
どうして梅雨時の花は清楚で美しいんだろう。
街の中などでタイサンボクの花をみつけると、ハッとし、軽い衝撃を受ける。
山の中で清楚な白布をちりばめたヤマボウシに出会うとフッとため息が出る。

小生的にいうと、春の花は黄色である。
マンサクから始まって、ナノハナ、タンポポ、ハルノノゲシ、ハハコグサ、ヤマブキ、レンギョウ・・・
その中でサクラが咲いて、散って、若葉の頃になり、そして、白の季節が始まる。

そうそう、それと、栗の花だ。
栗の花というと下ネタになりがちだが、
以前は恥ずかしい変な匂いと思っていたあの香りが、
この梅雨時のめぐる季節の便りとして懐かしく、
最近はホトトギスの鳴き声とセットになって「いみじう心あくがれ」るのである。

image004_20150630093102c96.jpg
栗の花。1本あればすぐわかる匂い
(写真:無料写真素材フリー「花ざかりの森」)


恐るべし京都のタクシーの運ちゃん

ホトトギスに「いみじう心あくがれ」た清少納言は、
一条天皇の皇后の中宮定子に仕えた女房である。
当然、その住まいは都、すなわち京都だ。
京都がどれだけ歴史を持ったまちであるか、
大学時代に先生が授業でこんな話をしてくれた。

この某教授が京都でタクシーに乗ったとき、
タクシーの運ちゃんと戦争の話になった。
「先の戦争では・・・」と運ちゃんが話を始めたが、話がどうもかみ合わない。
よくよく聞いていると、
運ちゃんが言っている「先の戦争」というのは第二次世界大戦ではなく、
何と!応仁の乱だったというのである。

応仁の乱は、室町幕府が崩壊して戦国時代に突入するきっかけとなった戦乱で、
京都を主戦場に10年続き、京都は、まち全体が壊滅・荒廃したのだ。
第二次世界大戦の空襲を免れた京都にとっては、
最初にして最後の、最大の戦乱だったのだ。
しかし、それをタクシーの運ちゃんが持ち出すところがすごい。

しかし、なぜここで唐突にその話をとりあげたか。
梅雨時のめぐる季節の便りがテーマではなかったのか。
実は、タクシーの運ちゃんの話は、その後の話があるのである。
乗せている客がどうやら植物の先生らしいとわかった運ちゃんは、
こともあろうに大学の園芸学の教授に植物クイズを出したのである。
そのクイズとは、こんな問題である。

木偏に春夏秋冬と書いて、それぞれどんな名前の木か

すなわち、椿・榎・楸・柊の漢字の読みである。
春・夏・冬はわかると思うけど、ちょっと秋は難しいね。
ありそうだけど、見たこともない。
しかし、タクシーの運ちゃんがこんな問題出すかねえ。
さすが京都だ。

image006_20150630093124ce0.jpg
これが「楸」です。ノウゼンカズラの仲間です。生薬(薬用植物)でもあります。
ヤル気と元気がある人は、この木の名前を調べてみてください。


五月(さつき)やみ 蛍飛びかい
水鶏(くいな)鳴き 卯の花咲きて
早苗植えわたす 夏は来ぬ
(「夏は来ぬ」の歌詞5番)

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