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遊びをせんとや生まれけむ(2015.6)

もとまち自遊ひろば

広島市のど真ん中、基町の中央公園の芝生広場西側で
毎週第2,4日曜日に「もとまち自遊ひろば」が開催されている。
「もとまち自遊ひろば」は、
世話役の大人たち(ゆうえん隊)が、子どもたちが遊べそうな道具だけを用意し、
後は子どもたちの自由に任せて見守り、
「子ども同士が自由な発想で思いっきり遊ぶ」子どもの遊び場である。
先の日曜日に、子どもたちの様子を見に行った。

「もとまち自遊ひろば」にきた親子は、
まず受付で参加申込書(同意書)に必要事項を記入する。
参加申込書の最初にはこう書いてある。

「こどもの自由な遊び場」を保障するために「もとまち自遊ひろば」では、「怪我は自分の責任」という趣旨に賛同し、私のこどもが「もとまち自遊ひろば」で遊ぶことに同意します。(下線、本文のまま)

これは、とても重要な手続きなのだ。

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ここで受付をします。手作り感満載でいい感じ。

まず目に付くのは手作りのブランコとハンモックである。
ブランコは竹とロープ、ハンモックは丈夫なシートとロープだけでできている。
公園にある出来合いの製品ではないので、子どもたちはワクワク感たっぷりである。
「揺らして~、揺らして~」と子どもたちがせがむ。
より身近に感じられるのか、大きな子よりも小さな子の方が多いような気がする。

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このような遊具の考案や制作から始まって、
準備や後片付けも全部、ゆうえん隊の人たちがやっているのだ。
大変なことだ。頭が下がる思いである。


こちらは、木工コーナーである。
角材や板、竹などのいろいろな端材と、ノコギリ、カナヅチなどの大工道具が置いてある。
子どもたちは思い思いに端材を切ったり、釘を打ち付けたりしている。
ゆうえん隊の人たちは、
「ノコギリは、こうやって使うんだよ」とか「切ってあげようか」などと誰も一切言わない。
切れなくて諦めるのもよし、自分の手を打ち付けて泣くのもよしである。

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大きな角材を切っている男の子は全くあきらめない。ついに、切ってしまった。

砂場コーナーもある。
砂場というより、ただの土の裸地である。
それをゆうえん隊の人たちがシャベルで少し掘り起こしてほぐし、
周りにはボウルやザル、ジョウロ、ヤカンなどが置いてある。

姉妹だろうか、小さな女の子が2人来て、土を掘りだした。
掘ったところに水を流し込んでご満悦である。「池ができた」という。
その池をどんどん広げ、水路を掘り出した。
お父さんが靴を脱がせた。
この後、この子はお父さんに大きめの穴を掘ってもらい、
そこに水を流し込み、穴に入って座り込んでしまった。
聞けば、「足湯」だそうだ。
この大胆な姉妹の発想には驚いたが、
泥だらけになっても、やりたいようにやらせて見守るお父さんとお母さんが素晴らしい。

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砂場よりも泥場の方がずっとおもしろそうだ。
「汚れる」とは大人の勝手な考えだ。


しばらくして、この姉妹はお絵かきコーナーに移った。
お絵かきコーナーは、落書きなんて生易しいもんじゃない。
クレヨンやマーカーでちまちま絵を描くのではない。
マヨネーズのような容器に入った絵具をたっぷり皿に受け、それで絵を描いていく、
というか、絵具を塗りたくっていく。

刷毛などが置いてあり、最初はそれを使っているが、
そのうち、ええいまどろっこしいとばかり、自分の手足が筆になる。
手形・足形のスタンプを始めるが、
そのうち絵具をなすりつけた自分の足で紙を塗りたくっている。

「汚れるから」とか誰も言わない。
済んだら洗えば済む話だ。水の使えるトイレはすぐそこにある。
「描く」という基本的な動機を、ありのまま素直に受け止めることを忘れていた自分に気づかされる。

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この子たちの手足を見よ。筆を介さず直接描く。
自分の手足がこれすなわち筆である。あるべきかな。


ちょっと危険なものが面白いのは古今東西、老若男女、人類普遍の法則である。
大事なのは、それにチャレンジしてみることだ。
「危ないから止めなさい」じゃなくて、「じゃあ、ちょっとやってみるか」があるべき形である。
ここに来る子どもたちもナイスだが、お父さんやお母さんたちが、これまたナイスだ。

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ちょっと危なそうだけど、やってみたい。この点は、大人も子供も一緒だ。

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おお、やっぱり出たぜ、秘密基地づくり。
また、手ごろな木があるもんだ。ワクワクするよね。


自由と責任

自分が子供の頃、親には言えないいくつかの失敗をした。
太田川の河口近くの貯木場で遊んでいた時のことだ。
並んだ2本の丸太にそれぞれ左右の足を乗せたのだが、
水に浮いているだけの丸太は当然のように離れていく。
真っ青になったがどうしようもない。あえなく川に沈した。

自分で、自分の責任で、自分が痛い思いをする。
小さな事故の経験により、どうしたらヤバイことになるか身をもって知る。
その積み重ねが大きな事故の発生を回避させてくれる。

自分で痛みを知ることは、他人の痛みを知ることだ。
小さい時に他者との軋轢を通して、やっていいこと、悪いことを学んでいく。
子どもは白いキャンバスだ。
大人が背景を染めてはいけない。
「自由」なのだ。
やりたいようにすればいいんだ。
そして、他人に痛い思いをさせ、自分が痛い思いをして、
そこに「責任」というものが自ずからあることを知る。
「自由」と「責任」はセットなのだ。

常設・常駐のプレーパークへ

このような遊び場を「プレーパーク」とか「冒険遊び場」という。
日本では、1979年に東京都世田谷区に開園した「羽根木プレーパーク」がその先駆けである。
「もとまち自遊ひろば」は毎月第2,4日曜日の開催だが、
長年の積み上げがある羽根木プレーパークは、
常設かつ子どもたちを見守るプレーリーダーが常駐している。

これだけのものの準備と後片付け。
のびのびと楽しむ子どもたちの後ろには、ゆうえん隊の人たちの努力がある。
ここまで育てるには相当のご苦労があったことだと思う。
こんなに子どもたちとお父さんやお母さんが楽しんでいるのだから、
この芽をもっと大きく広げてほしい。
ここのことを知らない人はたくさんいるはずだ。

「もとまち自遊ひろば」を、プレーリーダーが常駐する常設の公園にはできないものだろうか。
こんなに市民に愛され、使われる公園に使われるほんの少しの税金は、
僕にはまったく惜しくないと思われるのだが。

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