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美しい国の美しい言葉

初夏はどこへ行った

春が終われば夏になる。あたりまえである。
しかし、だ。
春が突然ぱっと夏になるのではない。
三寒四温の後ようやくサクラが咲き、春の嵐でそれが散り、
若葉の頃があり、初夏の陽気があり、梅雨があり、
そしてその梅雨が明けてはじめて夏になるのである。

それが、どうだ。
今年は5月でいきなり夏日・真夏日である。
今年はどこも5月にクールビズのスタートである。
冬服のスーツを着ていた翌週は、半袖ノーネクタイである。
今や、5月から10月までが夏である。
季節がだんだんおかしくなっている。

季節がおかしくなっても、生き物にめぐってくる季節は変わらない。
6月を代表する風物といえば、それはもうホタルをおいてほかない。
広島でのホタルの初見日は5月31日頃である。

image002_20130531165232.jpg
ホタルの初見日(気象庁HP)

ホタルの思い出

広島市の夏を告げるお祭りとして「とうかさん」がある。
「とうかさん」は広島市の繁華街のど真ん中にあるお寺のお祭りで、
毎年6月第1金・土・日曜に開催される。
「とうかさん」は浴衣の着始めとしても有名で、
ここ数年は「とうかさん」にあわせ「浴衣できん祭」が開催され、
広島市内は浴衣の善男善女があふれる。

小生は子供の頃、市内の中心部に住んでいたので、
「とうかさん」には歩いて行った。
中央通りに連なる夜店を見て歩くのはわくわくする大きな楽しみだった。
ヒヨコを売る夜店には、いつも引き付けられたが、
いつも親にたしなめられた。
金魚すくいはすくえないし、射的は当たらない。
で、いつも買って帰ったのがホタルなのである。
今の夜店では見ることはないが、
子供の頃の祭りの夜店ではホタルを売っていたのである。

どうやって売っていたかというと、
金網でできた子供用の虫かごの中にホタルが数匹ツユクサとともに入っているのである。
そしてそれは、夜店の暗がりのあちこちで黄緑の光を緩やかに点滅させているのである。
親はホタルなら買うのを許してくれた。

たすき掛けに肩から掛けたホタルの入った虫かごを両手で持って覗きながら、
ホタルが草の上を歩きながらお尻を光らせるのを見ながら、
ホタルの光でその周りだけツユクサが浮かび上がるのを見ながら、
家まで歩いて帰る。

ホタルは独特のホタルの匂いがする。
その匂いをまだ覚えている。
その匂いで、またその季節が来たことを思い出す。

家に帰ったら、そそくさと寝巻きに着替えて寝る。
が、寝ないのである。
買ってきたホタルを放すのである。
そう、夏のしとねは、蚊帳なのである。
電気を消し、蚊帳の中に入り、虫かごからホタルを放つのである。

布団に仰向けになって、
蚊帳にとまって点滅する光や、蚊帳の中を緩やかに漂う光を眺める。
何も考えない。ただ眺めている。
と、「もう寝なさい」の声で現実に返る。
光っているホタルを手で捕まえ、虫かごに戻す。

翌朝、虫かごの中では2,3匹のホタルが仰向けに動かなくなっている。
そうして数日のうちにホタルはみな動かなくなってしまうのである。
ホタルは露を吸って生きていると聞いて霧吹きで霧を吹いてやる。
が、動かなくなるホタルは変わらない。
ホタルの成虫は口が退化していて餌をとらないことを知ったのは、ずっと後である。
子供のとき、鬼畜のごとく、身に余る多くのカワニナを生きたまま貪り食った報いか。
神は、平等に生き物の生を与えたまうのだ。

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ホタルの乱舞(下関市にて)

音もせず燃える

昔からわが国では、ホタルは音と光の対比で和歌に歌われてきた。
すなわち、全く音を発することなく燃える、
ということが象徴的に比喩されてきた。

 こゑはせで身をのみこがす蛍こそ いふよりまさる思なるらめ

【小生訳】音を発することなく静かに光る蛍のように、私は想いを言葉で伝えることもできず、言葉以上の熱い恋の想いに身を焦がすばかりです。

源氏物語の「蛍」の巻に出てくる和歌である。
この「蛍」という巻は、光源氏が罪な悪戯をする話である。

光源氏の邸宅に養女として引き取られている玉鬘は絶世の美女である。
(実は玉鬘の母親である夕顔は、昔、光源氏と不倫関係にあった。
夕顔は光源氏との密会の際、不慮の死を遂げる。
こんな入り乱れた複雑な人間関係があるから源氏物語は難しい)

光源氏の異母弟である兵部卿宮は玉鬘に気がある。
兵部卿宮からのラブレターに光源氏は玉鬘に返事を書かせ、
それを受け取った兵部卿宮は嬉々として源氏の邸宅にやってくる。

兵部卿宮がやってくると、
光源氏は玉鬘のいる几帳(きちょう)の中に蛍を放ち、
玉鬘の姿を浮かび上がらせる。
直接は会わせない(見せない)のだ。
几帳越しに蛍の光にうかぶ玉鬘の美しさ。
心を奪われた兵部卿宮はますます玉鬘に入れ込むが、
玉鬘はつれなくあしらうだけだった。

なんと、小生の子供のときと同じではないか。
蚊帳か几帳の違いである。中味が小生か玉鬘の違いである。
たいした違いではないではないか。
小生は、源氏物語も知らない子供のうちから、
光源氏のごとき風流をたしなんでいたのである。

image005.gif
これが几帳。隠れているのは玉鬘か。

ホタルのすむ美しい国の言葉

和歌だけではない。
ホタルといえば、知っている人は知っているホタルに関する俳句がある。
以前、中学校の国語の教科書にも載った俳句である。

次の句の( )の中にひらがなを一字入れてください。
さあ、あなたはどんな字を入れただろうか。

 米洗う 前( )蛍の二つ三つ

米洗う 前に蛍の二つ三つ 
家の近くの小さな流れだろうか。
米を研ごうとしたら、前で蛍が2,3匹光ったのに気がついたのである。
また、そういう場所なのであると作者は言いたかったのかもしれない。

米洗う 前で蛍の二つ三つ 
この蛍はより近いところで光っている。
また、えっ、こんなところにいたの、という驚きも感じられる。

米洗う 前を蛍の二つ三つ 
おお、何と!蛍が動いたではないか。
この蛍は明らかに自分の目の前を通り過ぎようとしている。
点滅しながら緩やかに動く光が見える。
一字変えるだけで、蛍は動く。

米洗う 前へ蛍の二つ三つ 
これも動いたぞ。
だけど前と違うのは、この蛍はどこからかやって来て、目の前に止まった。

米洗う 前は蛍の二つ三つ 
この米を研ぐ場所は風情のある場所なのだ。
なにせ、蛍が光っているのを見ることができる場所なのだ。
都会では考えられない鄙びた素敵な場所なのだ。

日本語って、なんて繊細なんだろう。
助詞を一字変えるだけで、こんなに風景が変わってくる。
こんなに物語を紡げる。

音もなく静かに冷たく燃える光に熱い想いを対比させ、
想う人を引き合わせるのに蛍の光をもってする。

この国のこの風土で季節を感じ、
背後に様々な想いをこめてそれを言葉にする喜びと幸せを感じる。

| コラム | 17:19 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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