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畳がもたらしたもの(2022.5)

宴会は座敷に限る

なんと、4月29日は「畳の日」だそうである。
以前は「みどりの日」だった4月29日を
イ草の緑色に因んで「全国畳産業振興会」が制定したそうである。
今月はその畳の日に因んで、畳の話をお話しようと思う。

ところで、洋風の宴会はどうも好きじゃない。
食べ物の問題じゃなくて、席の問題だ。
なぜなら、椅子によって席が固定されてしまって、自由に動けないから。
宴会に招かれた時、結婚披露宴のように厳格に席が決まってない時、
隣に誰が座るか気をもむのは誰もが経験することだと思う。

立食じゃない椅子席だと、宴会が始まってから終わりまで、隣の人は原則固定されてしまう。
あまり得意じゃない人に隣に座られると、「あ~あ」である。

その点、居酒屋などの和風の宴会はいい。
最初席が決まっていたとしても、
宴が盛り上がってくればあちこちでグラス(と箸と皿)を持って移動が始まる。
話したい人の横に座ってお酌し合って話をして、後はみんな花から花へとめぐる蝶と化す。
それを可能にしているのは畳だ。
どこでも自由に座れて、好きな場所で2,3人で輪を作ることもできる。
横になることもできる。
すべて畳の力なのだ。

敬愛する宮本常一の本を読んでいて、目からうろこが落ちた。
それは畳と食べものについての話だった。

自分だけのテーブルと食器

テーブルと椅子での食事では、それなりの格式のコース料理は別として、
料理は前菜、スープ、肉料理、魚料理、デザートなど
決められた順に大皿に盛り付けてテーブルまで運び、都度銘々が取り分ける。
中華料理はその最たるものである。

ところが、畳に座っての食事では、
大皿に盛り付けてこられ、それを銘々が取り分けるということは、
立ったり座ったりを伴い現実的ではない。
そこで作った料理を予めテーブルに並べておくということになる。
旅館での食事や畳の宴会場での宴会がその最たるものである。
では、昔はどうだったか。
それは「箱膳」である。

箱膳はパーソナルユースの食器セットである。
箱膳は、一人分の碗や皿や箸を四角い木箱に収めたもので、
使うときは蓋を裏返しにして箱の上に載せ、
そこに入っている食器を並べて料理を盛り付ける。
料理は基本的にお代りなしの食べきりである。
旅館での食事がご飯以外のおかずは食べきりであるように。

食事が済んだら食器を洗って箱に入れて蓋をして保管する。
昔の日本は貧しく質素で、飯碗と汁椀と皿。まさに一汁一菜の箱膳だった。
箱膳は昭和初期まで使われていたようだが、
それが消滅したのは卓袱台(「巨人の星」で星一徹がひっくり返したあれ)
の出現によると言われている。

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箱膳。ごちそうさまをしたら、食器は各自で洗って箱の中に入れ、蓋を閉める。

恐るべき幕の内

宮本常一の眼力が鋭いのは、この箱膳の名残・進化が「幕の内」だというのだ。
これには目からうろこがぼろっと落ちた。
いろんなものを少しずつコンパクトに、
一人の食べきりサイズでまとめてあるのが幕の内である。
まさに箱膳の進化形だ。

そこでお弁当というものを考えてみた。
畳の文化がない欧米での弁当に当たるものは何か考えてみた。

まず思い当たるのはランチボックスである。
たとえばハイキングに行く。バスケットの中から出てくるのは、おにぎりではない。
丸いままのパンにチーズ、あとはローストビーフとか、そしてワイン。
イギリスならフィッシュ&チップスかな。地域によってはサンドウィッチもあるかもしれない。
近年ならハンバーガーやホットドックといったところだろうか。
この手の洋物のファーストフードは、主食のパンに「おかず」の肉や野菜を挟んだものである。

これらに比べ、幕の内にぎゅうっと凝縮された日本のお弁当の美しさ、多様性、複雑さはどうだ。
幕の内は、日本の食文化がたどりついた驚くべき凝縮である。

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幕の内にはいろんなおかずが少しずつ入っているからいいよね。
出張先のビジネスホテルでの夕食の友。

食卓進化論

さて、宮本常一によれば、箱膳が進化して幕の内になったと前に書いたが、
小生はその間にもう二段階あるんじゃないかと思っている。
それは、「懐石」と「松花堂」である。

懐石は茶の湯の食事であり、一汁三菜で構成される。
三菜とは、向付(即ち刺身)、煮物、焼き物である。
茶懐石では、最初に出されるのは飯と汁と向付で、
三菜のうち煮物、焼き物は後から提供される。

懐石は、天正年間にその形ができたと言われているが、
基本的に箱膳の形から始まり、
茶の湯の精神性を高めた洗練された形に進化したんじゃないかと僕は思っている。
その懐石の形と思想を受け継ぎながら、美しくコンパクトにさらに進化したのが松花堂だ。

松花堂は、木でできた正方形の蓋のある弁当箱で、中には十字の仕切り板がある。
十字に仕切られた4つの区画に直接料理を置くこともあるが、
それぞれの区画に小さな四角や丸い小鉢を入れ、それに料理を盛り付けることが多い。
煮物、焼き物、揚げ物、和え物、飯などが独立した小鉢に入っているため、
混ざる事がなく見た目もよい。

料理も、飯は季節の炊き込みご飯を型抜きしたものや刺身が入ることが多く、
いわば高級箱膳だ。
松花堂もやはり茶事がきっかけで、
大阪のかの名料亭「吉兆」が昭和初期に始めたものと言われている。
そして、この松花堂の理念を受け継ぎながら、誰もが手に届く形にしたのが幕の内なのだ。

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松花堂。ちょっと高級なお弁当。

進化をつかさどるもの

箱膳から懐石へ、懐石から松花堂へ、松花堂から幕の内へ。
民家の居間から茶室へ、茶室から料亭へ、料亭からビジネスホテルへ。
日本人の食事は進化していった。
その進化をつかさどったものは、まぎれもなく畳だった。

畳に座って食事を共にしたからこそ、私たちは食材を、料理を、食事を進化させることができた。
畳とは何か。
それは藁を隙間なく詰めた敷物だ。
藁とは何か。
それは米を取った後に残った稲の本体だ。

同じ東アジアでも中国や韓国は土足で家に上がり、椅子とテーブルで食事する。
だが、日本は違う。
稲を余すことなく使う日本の風土、文化が畳を生み、豊かな食文化を生んだのだ。
畳が幕の内を生んだのだ。

ところで、いつも思うことがある。
それは、「俵はすごい」ということだ。
だって、稲の実を稲の体で包んでるんだぜ。
それ自体で完結している脅威の代物だ。
普通なら、実を取ったあとの残りのカスには用はない。
しかし、日本人は捨てずにそれを活かすどころか、それで包んだ。
その発想がクールでアメイジングだ。

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稲の実を稲の体で包んだ米俵は、それ自体で完結している脅威の代物だ。

実を取った後の残りの体。
最初はその稲の体、すなわち藁を丸く編んで座布団のようなものにしたんだろう。
それが次第に広く大きくなって敷布のようになり、
藁をもっと厚くしてイ草で表面を覆うなど充実させ、パーツとして畳ができたんだろう。

そのパーツは最初は部屋の隅に寝床としてあったが、
それを部屋中に敷き詰めるようになった。
畳の部屋ができたのだ。
板敷の部屋から進化した畳の部屋は保温と快適性を生み出し、
根本的に家屋の構造を変えた。
やがて書院造などの日本建築が進化し、一般庶民にも広がった。
そして、狭い長屋とはいえ、そこに座って家族や仲間と食事をとることを通して、
千年の月日をかけて、幕の内が生まれたのだ。

畳が世界に誇るあの幕の内を生んだのだ。

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