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なくなったものたち(2022.4)

超貴重品「石炭」

再生可能エネルギーの出前授業をもう10年もやっている。
「石油や石炭などの化石燃料は・・・」と言葉にするのは簡単だが、ある時ふと思ったのだ。
で、「石炭を見たことある人」と子どもたちに聞いてみたら、
ほとんどの子どもは石炭を見たことがないと言うのだ。

環境の授業で大事なのは、「実物」である。
本物の色や形、質感や量感、動くものならその動き、音や匂い。
それを目の前で見、触る。
絵や写真の説明は、そういう意味で「本物」ではない違うものなのだ。

で、石炭の実物を子どもたちに見せようと思ったのだ。
思ったのはいいが、すぐ困ってしまった。
石炭の実物はどうやったら手に入るのだろう。
灯油やガソリン、薪や木炭は売っている。
石炭はどこに行ったら買えるのだろう。

そこで考えた。今でも石炭を使っているところはどこだ?
SLはないし・・・いや、山口線では走っているか。
いろいろ考えても火力発電所以外考えられない。
中国電力に行って、「突然ですが、石炭ください」というのも現実的でないなあ。
などと悩んでいて、思い出したのだ。

当時、スマートコミュニティの仕事をしていて、
コンビナートを構成する大きな化学工業メーカーの工場は、自家発電所を持っていることを。
そしてそれは、石炭火力であることを。

で、スマートコミュニティの仕事の縁で、
そのメーカーに「石炭少し分けてもらえませんでしょうか」とお願いしたのだ。
するとそのメーカーの担当者は何に使うのかといぶかしがるので、
エネルギーの環境学習で使う旨を伝えたところ、
「いくらでもあげますよ」と言ってくれたのである。

改めて申し上げたい。
石炭は非常に入手困難な貴重品だ。
この何でも手に入る時代に、石炭は日本中探してもどこにも売ってないのである。
ネット通販でも豆炭(石炭などの粉を混ぜ、丸く成形した固形燃料)やコークスは売っているが、
いわゆる「石炭」は売ってないのである。

やっと手に入れた本物の石炭を使った授業。
「この辺を恐竜が歩いていた頃に生えていた植物の化石だよ」「これ石だけど、燃えるんだぜ」
と言いながら、授業で子どもたちに入れ物ごと回して見せていたら、
授業を重ねるたびにだんだん数が少なくなってきた。
子どもたちにとっては黒いダイヤに見えたのかもしれない。

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やっと手に入れた石炭。しかし、授業の度に減っていく・・・

出前授業を一緒にやっていた人(大人)が聞いてきた。
「僕はバーベキューをやるんですけど、石炭って、木炭のように燃えるんですか?」
うーん、気持ちは分かる。
石炭はつやつやした黒い石で、
木の形がそのまま残っててでこぼこした木炭のように、とても燃えるように思えないもんね。

「僕たちが小学生の頃は、冬になったらどの教室にも石炭ストーブがあって、
小さなスコップで石炭をくべて燃やしてたんだよ。
学校には石炭置き場があって、当番の子がバケツに入れて教室まで運んでたんだよ」

どうやら大人にとっても実物を見て触るということが非常に重要であるようだ。

懐かしいもの

思えば、あの頃学校で体験した色々なもので、
いつの頃からか忽然と消えていったものがたくさんある。
あれこれ考えていると、自分が体が小さく弱かったせいか、
どれも子どもの時経験したドラッグ(ヤバイ薬じゃないよ)関係のものばかりだ。

例えば、肝油ドロップだ。
給食の時、必ず食べさせられた。今でいうサプリメントの一種だ。
甘く味付けがしてあってまずくはないけど、
「油」と名付けられ得体がしれず、何か不気味だった。

次に、ギョウチュウ検査だ。
丸いセロハン紙の検査シートを学校でもらって、
家に帰ってお尻(肛門)にそれを一度ペッタンとくっつけてはがし、それを学校に持って行く。
検査機関が検査シートにギョウチュウの卵がくっついているかいないか調べるのである。

僕たちはそれを「お尻ペッタン」と呼んでいた。
調べてみるとギョウチュウ検査は結構最近(2015年)まで行われていたようである。
どうやら子どもの寄生虫感染率が激減し、
検査があまり意味をなさなくなったのが廃止の原因らしい。
しかし、寄生虫が減り、何でもかんでもきれいにしすぎたことが、
アレルギー体質の人が増えた原因のひとつであるという説には、僕は感覚的に賛同できる。

あと、何といっても赤チンだ。
転んでケガをして血が出たら保健室で泡の出る液体で消毒した後、赤チンを塗ってもらう。
泡の出る液体はオキシドール・・・即ち、過酸化水素水である。
膝をすりむいて血が出ても、泡の水で消毒してもらって赤チンを塗ってもらうと、
子ども心にも「もう大丈夫」という安心感は絶大だった。

赤チンは、正式にはマーキュロクロム液と呼ばれる消毒液だが、
製造過程で水銀を含んだ廃液が出ることから法律で製造が規制され、
国内生産は1970年代に中止された。

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すりむいて血が出たら即、赤チン。保健室必携の常備薬。子どもの魔法の薬。

学校ではないが、「てんかふん」も懐かしい。
「てんかふん」は漢字で書けば天花粉でシッカロールともいうが、早い話がベビーパウダーだ。
夏になればあせもにならないように、
風呂上りに母親が首筋やわきの下に天花粉をはたいてくれたものだ。
真っ白になった自分の体がうれしくて、裸で部屋の中を走り回った。
天花粉の匂いは懐かしい夏の香りだ。

しかし、ベビーパウダーはあるようだが、
天花粉(という呼び名)はなぜなくなってしまったんだろう。
なぜみんな使わなくなったんだろう。
今は見なくなった昭和の頃のいろんなことが、懐かしい。

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「てんかふん」。早い話がベビーパウダー。子どもはこれで首とかが真っ白になった。

希少種とは何であるか

今は見なくなった昭和の頃のいろんなことのひとつに生きものがある。

先日、生物多様性に関する業務の打合せがあった。
希少種(レッドデータブック掲載種)をもっと一般の人にアピールしなければならない
という話になった。
ヘソ曲がりな小生は、希少種ももちろん大切だけど、
身の回りにいるごく普通の一般種こそ大切だということを申し上げたら、
レッドデータブックに関する話をしているのだからと、即、ご意見を頂戴した。

しかしだ、
皆さんはトノサマガエルやイモリ、メダカなどが今は希少種だということをご存知だろうか?
子どもの頃からわりと最近まで、こいつらはどこにでもいる生きものだった。
昔は広島市内にもまだ田んぼや畑が残っていて、トノサマガエルは普通にいた。
イモリは、いる所にはたくさんいた。
小生の息子は小学生の頃、学校の帰り道に用水路でイモリを見つけ、
家まで持って帰ってきたこともあった。

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ツチガエルとともにどこにでもいたトノサマガエル。
最近確かに見ないけど、希少種と言われてもねぇ。


秋にはあんなにたくさんいた赤トンボはどこに行ったんだろう。
かなり前からとんと見ないでしょう。
普通種がいつしか希少種になってしまうという現実をもっと真剣に捉えた方がいんじゃないか。
希少種を大事にするとともに、
普通種をそれと同じぐらいに大事にすることが必要なんじゃないか。
レッドデータブックとそこに掲載されている希少種の重要性は疑う余地はない。
しかし、今日の普通種は明日の希少種なのだ。

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