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広島の変な名前の食べ物からSDGsを考える(2022.1)

言葉の遺存種「がんす」

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
きっとコロナも収束してくれることを祈念して。

先月はキラキラネームの食べ物のいくつかをご紹介したが、
わが広島でも変な名前の食べ物がいくつかある。
その筆頭が「がんす」である。

「がんす」は、魚のすり身を長方形に成形してパン粉をつけて揚げたもので、
早い話がカマボコのフライもどきである。
昨今は「がんす」もいろいろ種類があるようだが、
味のポイントはすり身に練り込まれたタマネギとピリッと辛い唐辛子にある。

宇和島のじゃこ天、浜田の赤天などと同様の揚げカマボコの一種だが、
パン粉をつけたというところに差別化の工夫が見られる。
「がんす」は昔もないことはなかったが、スーパーで普通に売られ、
居酒屋のメニューにも登場するようになったのは結構最近のことである。

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これが「がんす」。がんすのがんそは呉の三宅水産といわれる。
(出典:㈱三宅水産ホームページ)

元々「がんす」というのは「~でございます」という広島弁で、
「今日はええ天気でがんすのぉ」というふうに使う。
小生が子どもの頃は「~でがんすのぉ」のと喋る年寄りはごく少数だがまだいたが、
ここ50年ぐらい生で聞いた事がない。
ほんど野生絶滅状態だが、アンガールズが「うまいでがんす」と言い出して、
飼育下での生息がかろうじて保たれている状態にあると思っていた。

ところがかなり前だけど、何と、「たそがれ清兵衛」で真田広之が「~でがんす」と喋っていたのだ。
藤沢周平の原作は架空の藩「海坂藩」が舞台で、
これは藤沢周平の故郷である庄内(山形県)がモデルであることはよく知られている。
「がんす」は広島だけではなかったのだ。
「がんす」が広島だけでなく、遠く離れた東北に生息していたとは。

生物の世界では、阿哲要素とか襲速紀(そはやき)要素といって、
氷河期の名残として限られた種が遠く離れた地域に遺っているものがある。
まさに「がんす」は言葉の遺存種なのだ。
保護上重要な希少種なのだ。

捨てていたものが美味いことに気づいた「せんじがら」

次にあげなければならないのは、「せんじがら」である。
「せんじがら」は、見た目はビーフジャーキーのような感じのもので、
酒(ビール)のつまみとして最近人気である。

「せんじがら」は、
豚の胃袋(ガツ)を油でカリカリに揚げて(煎じて)水分を飛ばした物(殻)なのだが、
実はこれは逆で、
本来は、内臓から動物性油脂を抽出するために油で煎じた残渣なのである。

「がんす」と同様、「せんじがら」が話題になったのは割と最近の話で、
昔はそんなものはなかった。
昔は残渣として捨てられ、
一部の屠畜の解体に従事する人たちだけが食べることのできるソウルフードだったが、
近年になって変身を遂げたのだ。

「せんじ『殻』」ではイメージが悪いと思ったのか、最近は「せんじ肉」という名前に変身し、
広島名物の土産物として売り出されている。

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せんじ肉は土産物店だけでなく、最近はコンビニやスーパーでも売っている

似たようなもので昔からあるのが大阪の「油かす」である。略して「かす」という。
「かす」は、豚の胃袋の「せんじがら」に対し、牛の腸を油で揚げたものである。
「せんじがら」は酒のつまみとしてそのものを食べるが、
「かす」はそのまま食べるのではなく、お好み焼きや煮込みなどの料理に柔らかく戻して使う。
「かす」をトッピングしたうどんが「かすうどん」である。

本来なら捨ててしまう「がら」や「かす」を再利用して食材に変身させる。
持続可能、低負荷、多様性、資源循環・・・
わが広島の変な名前の食べ物は、
地域の人々が生活の中で育てたSDGsを地で行くエコロジカルでサスティナブルな代物なのだ。

「わがこと」ことに気づいた「おばいけ」

番外は「おばいけ」である。
なぜ番外にしたかというと、「おばいけ」は地域でいうと広島の食べ物ではなく、
下関などの捕鯨基地のある山口の食べ物だからだ。
「おばいけ」は漢字で書くと尾羽毛。
子どもの頃は、変な名前だなあ、なぜ「おばいけ」というんだろうと思っていた。

「おばいけ」は、鯨の尾びれと身の間の肉で、別名「さらし鯨」という。
黒い縁取りのある白く細かくちじれた薄い肉片で、
冷やしたものに酢味噌をつけて食べる。

今、肉片と書いたけど、肉というよりさっぱりした脂肪というかコラーゲンで、
くにゅくにゅ・もさもさ・ぷりぷりした食感は表現が難しく、
例えるべき類似した食材が見当たらない。

「おばいけ」は、子どもの頃よく食卓に上った。
嫌いではなかったが、子ども心には特に美味しいものだとは思わなかった。
感じからして子どもが食べるものではなく、酒のつまみのようなものだが、
父や祖母が好きだったのか、なぜかしら小生の家の食卓にはよく登場した。

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これが「おばいけ」。昔はよく食べたなあ。

この「おばいけ」は、昔はなくて今はある「がんす」や「せんじがら」とは逆で、
昔はよく見たが最近はあまり見かけない。
魚屋でたまに見かけることがあるが、
多分今の人はほとんどが見たことも食べたこともないのではないだろうか。
そして、高い!高級品だ。

なぜか。
それは捕鯨が禁止されたからである。
子どもの頃はステーキといえばクジラだったし(生臭いのでショウガを効かせて食べた)、
缶詰の定番はクジラの大和煮、給食でもクジラの竜田揚げが出た。
安かったのである。

逆に、牛肉が食べられるのは、
運動会の時のお弁当に申し訳程度に入っている赤身の焼肉ぐらいだったし、
すき焼きは何かの特別な記念日に食べるものだった。
牛丼などという食べ物は、まだそういう言葉さえなかった。
バナナがまだ高級品だった頃の話である。

時はめぐる。
給食にも出たクジラの肉は、今やサシの入った和牛並みの値段なのだ。
捕鯨が禁止されて鯨肉が高騰する。
貿易が自由化されてバナナがいつでも誰でも食べれるものになる。

安くものが買えるということ

安売り時には1パック100円程度で買える卵の背後にはアニマルウェルフェアの問題があったこと、
衣料量販店の格安製品の背後には新疆綿の搾取があったことを初めて知る。
エシカル(倫理的)・・・
安くものが買えることの背後にある社会の仕組みに僕たちはやっと教えられて気づき始めた。

他人ではなく自分たちが使うものは、「他人事(ひとごと)」ではなく「わがこと」なのだ。
「わがこと」だから、その改善のために、小さくても自分なりにできることをしていこう。
一人ひとりは小さいけれど、みんなが動けば山は動く。

| コラム | 11:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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