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常識と非常識の間(2019.10)

色と環境

環境の分野では、特定の色がよく持ち出される。
そしてその表現は必ずカタカナ(英語)である。
その一番手は「グリーン」だ。
グリーン購入、グリーンコンシューマー、グリーンインベスター、グリーン電力、グリーンツーリズム、
そして、緑のカーテン、緑の党。

グリーン=「環境に優しい」という良い意味で使われる。
グリーン→植物→自然→環境というロジックの流れだ。
唯一、昨年アカデミー賞をとった映画「グリーンブック」では、
人種差別下の黒人専用のガイドブックだったけど。

辞書を引いてみると、
国語辞典、英和辞典とも「グリーン」に「環境に優しい」という意味は記載されていない。
比較的最近新しい意味をもたされた言葉であることがうかがえる。
いろいろな環境ラベルにも緑色を使用したものが多い

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そのものズバリ「グリーンマーク」は、原料に古紙を規定の割合以上利用していることを示す環境ラベルだ。
(資料:公益財団法人 古紙再生促進センター)


グリーンの補色のレッドはどうだろうか。
環境の分野で「レッド」といえば、これはもうレッドリスト、レッドデータブック(RDB)だ。

余談だが、昔、社内の人間とRDBの話をしていてどうもかみ合わない。
情報システム担当の彼にとっては、
RDBとは「リレーショナル・データベース」のことだと分かるまでに多少の時間を要した。

環境のシンボルともいえる緑と異なり、
赤は、信号機や標識に象徴されるように、人間にとっては本能的に停止・禁止のサインである。

青は、ブルースカイ、ブルーシー、ブルーアース、ブループラネットなど、
空や海の美しさや深みを象徴する色であり、地球を代表する色である。
従って、「宇宙船地球号」の概念が語られる時は必ずと言っていいぐらい採用される色で、
環境とのかかわりは深い。

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地球(ブルーアース)をだっこした「エコマーク」は、当然、ブルーだ。
(資料:公益財団法人 日本環境協会)


形容詞と環境

特定のカタカナ形容詞も環境の分野で最近よく使われる。
その動きは「クール」から始まった。そう、「クールビズ」である。
「クール」が出れば「ウォーム」が出てくるのは世の常だが、
「クール」が出た時、「ウォーム」はセットではなかった。

「家の作りやうは、夏をむねとすべし」(徒然草)なので、
「クール」がまず出てくるのは当然の理なのだ。
羽田首相が半袖のスーツで登場した「省エネルック」は、今となれば「ちょっとね」と言う感じだが、
あれは勇気がいったことだと思う。

最近では暑い夏に家でクーラーをかけるのではなく、
公共施設や商業施設等に出かけて涼む「クールシェア」という取り組みを環境省が推奨している。

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(資料:ひろしまクールシャア特設サイト(広島県))

「クール」という英語には、「冷静な」「理知的な」という意味もあるが、
これに似た意味で近年よく使われるカタカナ形容詞が「スマート」である。

「スマート」とは、「かっこいい」という意味ではなく、「賢い」という意味である。
典型的なのがスマートフォンで、小さなパソコンでもありカメラでもある「賢い」電話という意味なのだ。
スマートキーは、持っているだけで施錠・開錠できる賢い鍵なのだ。
環境の分野では、主にエネルギーに係るまちづくりに関して使われる。
スマートシティ、スマートコミュニティ、スマートグリッドなどなどである。

クールビズの戦い

クールビズは、2005年に、
そもそも小泉内閣の環境大臣であった小池百合子が首相からアドバイスされて始まったものだ。
余談だが、マータイさんの「もったいない」のアピールなど、
当時の小池さんは頑張っていて新鮮だったよね。
クールビズも進化をとげ、今では「スーパークールビズ」まである。

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環境省におけるクールビズの服装の可否(資料:環境省)
スーパークールビズでは、Tシャツやジーパン、サンダルも「TPOに応じた節度ある着用に限り可」としている。
う~む。「TPO」「節度ある」がミソだなあ。


しかし、クールビズが出た当時は、すんなりいかなかった。
特に政界において賛否両論というより反発が多かった。
亀井静香は「だらしがない」として酷評した。
有権者には礼儀正しく接しなければならないとう彼の気持ちは間違ってないと思う。
彼が閣議で閣僚のクールビズが申し合わされても、
最後までネクタイ・スーツ姿で通したことは、信念を貫きまことにあっぱれである。

一般国民からいえば、機能的で省エネにつながるクールビズは、悪いことは何もないのだが、
表があれば裏があり、右があれば左があるのが世の常で、
クールビズは悪いことと考える人もいるのである。

例えば、ネクタイ業界。
小生の妻の親友が山梨のネクタイ製造会社の跡取り息子に嫁いだのだが、
(それで山梨がわが国のネクタイ製造業の一大集積地だという事を初めて知った)
日本ネクタイ組合連合会がクールビズの廃止を陳情したことはあまり知られていない。

しかし、決定打となったのは、
2011年の東日本大震災の福島第一原子力発電所の事故による電力不足である。
これ以降、クールビズは公務員が率先する形で社会的に認知され、
夏季はノーネクタイ・上着なしが常識になった。

夏でもネクタイ・スーツ姿の人を見ると、
暑がりの小生は、なんでそんな恰好をしてるんだろうと同情するとともに、
逆に暑そうで不快になってしまう。

クールビズから見える「常識」

というわけで、クールビズは社会的に認知されと思う。
ネクタイ業界は別にして、夏をむねとすべき日本で、
わざわざネクタイを締め、スーツを着て難行・苦行を続ける必要は全くない、
と小生は思うのである。
しかも、近年は夏が暑くて長い。
9月はもちろん、10月も30度近い日がある(今日もそうだ)。
一年の半分はクールビズ期間だと思う。

で、思うのである。
ネクタイ・スーツとは何かと。常識とは何かと。

皆が横並びになることが常識ならば、ノーネクタイ・上着なしも常識といえるんじゃないか。
いい例が沖縄だ。
かりゆしはカジュアルだが、沖縄では同時にフォーマルだ。
それが沖縄の常識だ。礼を失することはない。
ノーネクタイ・上着なしの方がネクタイ・スーツよりも気候に合うのなら、
それが常識になっていっていいんじゃないか。

そうせざるを得ない状況になったら今までの常識も変わる。
計画停電で目が覚めた省エネが不可欠のものであるならば、
それに反する今迄の常識は非常識になるんじゃないか。
常識に従い、横並びになっていれば道を誤らないのだろうか。

常識は結構もろいものだ。
クールビズという常識に礼の側面から疑問を挟み、
横並びになることを頑として拒んで信念を貫いた亀井静香は、その点で素晴らしいと思う。

常識に従い、横並びになっていることはとても楽だ。
しかし、それは、考える力を奪ってしまう。
常識を疑い、自分の考えに従って行動することはしんどい。

僕は、それは本当なのか、なぜそうなのかと、いつも考えることができ、
行動できる人間でありたいと、いつも思っている。

今日から10月。
まだ夏日だというのにクールビズは昨日で終了。
30℃なのに、長そでネクタイ。
暑がりの小生の常識や、如何にあらむ。

| コラム | 09:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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