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希望ある未来であってほしい(2019.1)

昭和から平成へ

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

約30年続いた平成が終わる。
私事で恐縮だが、
平成という時代の始まりは、小生の人生にとってひとつの大きな区切りだった。
勤めていた東京の会社を辞め、
学生時代を含めて12年間過ごした首都圏の生活に別れを告げ、
意を決して郷里の広島に帰ってきたのは昭和63年の12月だった。
しばらくはゆっくりしようと実家でのんびりしている時に聞いたのが、
昭和64年1月7日の昭和天皇の崩御だった。
そして、平成が始まった。
故郷の広島での、今の会社での新しい生活が始まった。

ふり返れば、60余年にわたった昭和という時代に、
戦争は経験せず、
高度成長期からバブルに至る後半だけを経験した僕たちの世代は幸せ者だったと思う。
前の東京オリンピックも大阪万博も、その熱い熱気と共にはっきり覚えている。

ところで、昭和という年号には忘れられない年がある。
昭和○○年という字面が僕の心にイメージとして刻み込まれている年がある。
それは、昭和32年と昭和50年である。
前者は小生の誕生年、後者はカープの初優勝の年である。

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忘れもしない昭和50年10月15日の後楽園。グランドになだれ込むファン。覆いかぶさるシェーン。感動のあまりテレビ画面を写したカメラもブレまくり。

平成という時代

翻って、平成である。
平成にはこのように字面が僕の心にイメージとして刻み込まれている年はない。
では、平成には大きな出来事がなかったかというと、そうではない。
そして、平成でのキーワードの数字は、平成ではなく西暦での「1」である。

小生が思う平成での最も大きな出来事は、
アメリカ同時多発テロと原発事故を含む東日本大震災である。
発生した日付から、前者は「9.11」、後者は「3.11」と呼ばれる。
前者は2001年(平成13年)、後者は2011年(平成23年)のことである。
西暦でいうと01年もしくは11年の奇しくも11日なのである。

アメリカ同時多発テロは、航空機が超高層ビルに激突するという
信じられないような映像とともに全世界に大きな衝撃を与えた。
そしてそれは、その後のアフガニスタン紛争、イラク戦争につながった。
そしてイラク戦争は、
中東各地で長期的独裁政権が次々に崩壊する民主化運動「アラブの春」につながった。
しかし、「アラブの春」は中東各地で大きな混乱を招き、
それはさらにリビアやシリアの内戦やISの台頭を招き、
後ろ盾となっているアメリカやロシアを巻き込んで、今も混乱が続いている。

東日本大震災も、たくさんの街が燃えながら津波に流され、原子力発電所が爆発するという、
これも信じられないような映像とともに大きな衝撃を与えた。
そしてそれは、直後の首都圏の計画停電と共に、FITや電力自由化の流れの中で、
国のエネルギー政策の根本的な見直しを促すこととなった。
さらに、そのような中でパリ協定が締結され、
社会の中で環境を基盤とした新たな価値観や概念がさらに大きな広がりを見せることとなった。

技術革新の時代・平成

平成という時代は、技術革新が加速度的にスピードアップしはじめた時代だと思う。
例えば平成が始まった頃、会社との連絡はポケベルで、
ポケベルが鳴れば公衆電話を探してテレホンカードで電話をかけた。

大きな会社の連中と一緒に仕事をすると、彼らは携帯電話というものを持っていて驚いた。
しかし、その頃の携帯電話はトランシーバーのような質感を持つ大きなもので、
それを彼らは専用のベルトで腰にぶら下げていた。
それがいわゆるガラケーとなり、あっという間にスマホになった。
この間、10年ぐらいだったんじゃないかな。

その背景としてWeb…すなわちサイバー空間…それはもう社会インフラである…
の誕生と発展がある。
インターネットというものができてからあっという間だった。
しかし、この見えないサイバー空間というものは、
全世界のみんなが加害者であると同時に被害者でもある地球温暖化と一緒で、
主体があいまいだが、社会を破壊することが可能なとてつもない力を秘めている。
宇宙空間の支配、情報通信網の攪乱、AI搭載の殺人マシン、AI認証による監視社会などなど…
とても恐ろしいことだ。と思うのである。

不機嫌な未来

正月は、やっと歩けるようになり、
人の言うことが分かってリアクションするようになった1歳の初孫を相手に、
一家でなごやかな時間を過ごすことができた。
ちっちゃな手を顔(目ではない)に当て、「いないいないばあ」をしたり、
自分が何かうまくできたら、ちっちゃな手をパチパチする一つひとつのかわいいしぐさに、
おばあちゃんである妻は声をあげて笑い、喜ぶ。
僕も、笑い、喜ぶ。

が、そんな無邪気な孫を見ながら僕は思うのである。
幸あれと。
大きくなってからも、幸あれと。

この子が社会人になるのは、あと20年後。2040年頃である。
その頃の日本の姿を皆さんは想像したことがあるだろうか。
平成29年版高齢社会白書(内閣府)によれば、
高齢者人口は増加が続き、2042年に3,935万人でピークを迎えてその後は減少に転じるが、
高齢化率は上昇を続け、
この子が社会の中核を担うようになる40数年後の2065年には38.4%に達して、
国民の約2.6人に1人が65歳以上の高齢者となる社会が到来する。
その社会は、人口は8,808万人まで落ち込み、
現役世代1.3人で1人の高齢者を支えるというとんでもない社会である。

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資料:内閣府.平成29年版高齢社会白書

このような社会を皆さん想像できますか?
近未来では、AI搭載ロボットが人間の多くの仕事を担うというが、
例えば複雑な感情を持つ生身の人間の心身のケアや介護など
人と人との触れ合いが求められる仕事は無理だろう。
国内の労働力に限りがあるのはもうわかっているのだから、
今、いろいろと手を打っておかなくてはならないんじゃないか。

この子たちの未来が、僕は、とてもとても心配なのである。
どうか、この子たちに幸あれ。

| コラム | 16:48 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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