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「ない」ものから見えること(2018.2)

「ないものはない」

先月末、島根県は隠岐の島の小学校に出前授業に行った。
今年一番の寒波襲来の中、前日2日は波浪警報でフェリーが欠航した中での出航だ。

隠岐の島は、本土から60km離れた日本海に浮かぶ離島で、
ほぼ円形の形をした大きな島と、
そこから少し離れて小さな島が3つ集まっている2つの区域から成り、
前者を島後、後者を島前という。

島前にある海士町は、1島1町の人口2,400人の小さな町である。
小さな町であるが、全国的に知る人ぞ知るただ者ではない町なのである。

どうただ者ではないかというと、まず、過疎の代名詞のような離島にあって、
ここ10年間に400人のIターン移住者を集めているのである。
なんと、町の16人に1人が移住者なのだ。
県の人口が70万人(広島「市」の人口の6割)を割った島根県にあって、
海士町は、唯一の人口増加自治体なのである。

どうしてこんなことができたのか。
まず、島前唯一の高校である隠岐島前高校に特別進学コースと地域創造コースを設けるとともに、
公立の塾を作り、地域の最も貴重な資源である若者に対して魅力ある環境を創った。

一方、社会経済の基盤となる産業分野では、CASという最新の冷凍システムを整備し、
特産の岩ガキやイカなどを、鮮度を保ったまま首都圏などに出せるようにした。
40億円の財政規模で5億円の投資をしたというのだから、その決断と行動力はただ者ではない。
その他いろいろあるのだが、シビレたのは何といっても「ないものはない」宣言である。

「ないものはない」宣言は、
「海士町らしさ」を表現するCI(コーポレート・アイデンティティー)戦略である。
海士町によれば、「ないものはない」という言葉は、
①なくてもよい ②大事なことはすべてここにある という二重の意味を持っているそうである。

海士町は、モノは豊富ではないが自然や郷土の恵みは潤沢で、
暮らすために必要なものは充分ある。
そして、地域の人どうしの繋がりを大切に、無駄なものを求めず、
シンプルでも満ち足りた暮らしを営む真の幸せ、本当の豊かさがある。
素直に「ないものはない」と言えてしまう幸せが、海士町にはある。
と言いきっている。

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「ないものはない」のポスター。
このデザインで職員の名刺や役所の封筒なども統一されている。
コンセプトをこれほど象徴的・印象的に、かつ視覚的に分かりやすく訴求力をもって伝えるICはなかなかない。

無と有・空と色・陰と陽

「ない」―すなわち「無」―という言葉は、なかなか難しい言葉である。
あるインド哲学によれば、「無」は「虚」(うつろ)ではなく、「無」が満ちているという。
つまり、「無」がいっぱいに「有」(存在)しているということだ。
このような絶対的な「無」は、「ある」に対する「ない」ではなく、
「ある・ない」の存在論を超えているのだ。

有名な般若心経の「色即是空」の「空」がこれに近いイメージだ。
「空」には認識できる実体はないが、エネルギーのようなものが詰まっている。
エネルギーのようなものは見えないが、刻々と姿を変え、
何かのきっかけ(縁)があれば形(色)をもって現れる。
すなわち「空」とは、
きっかけによって事象が現れることができるような基礎的な平衡状態を言うのである。

宗教的な話からぐっと科学的に方向転換して、
ここで思うのが量子力学や宇宙の始まりの話である。

宇宙ができる前は、文字どおり「空」で、「空」間も、時間さえも「無」かった。
しかし、プラスとマイナスの素粒子が相殺し合って何も「無」いようにみえていた「空」が、
「ゆらぎ」によってその均衡が破れ、「無」から「有」が生じた。
そのとたん、空間の急激な膨張(インフレーション)とビックバンが起こり、
あっという間に宇宙が誕生した。
「無」から「有」が生じ、「空」は「色」となったのである。

本に書いてある宇宙誕生の話は、日本語としては理解できるのだが、
何とも実感の伴わないイメージすることが難しい話である。

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宇宙誕生から現在まで。
137億年前、素粒子の「ゆらぎ」により宇宙が誕生した。
「ゆらぎ」からビックバンまでの時間は10の-33乗秒で、その温度は10の28乗度だったそうだ。
数字を聞いても、全くイメージできない。(資料:Pixabay)

以上は西洋の現代科学による宇宙の始まりだが、
東洋の古代文明による宇宙の始まりもいろいろな示唆に富んでいて興味深い。

太極図というものをご存知だろうか。
下の図のようなもので、大韓民国の国旗の真ん中にあるやつである。
「太極」とは宇宙・万物の根源という意味である。
宇宙にはまず「陰」と「陽」が現れ、次にそれがそれぞれ2つに分かれ、
それがまたさらにそれぞれ2つに分かれて世界を創っていった。

この黒と白の巴型が「陰」と「陽」なのだが、
先程の「空」の中でゆらぐプラスとマイナスの素粒子と同じような話だ。
科学的な現象や真理は、昔から人間が沈思してきた思惟と思わぬ類似があるものである。
何千年もの昔から、東洋の人達は宇宙の真理を見つめてきたのだろうか。

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太極図。
始めは小さかった陰(陽)がだんだん大きくなり、やがてそれは陽(陰)に変わっていく
―「陰極まれば陽に変ず」。
しかも、極まった陰(陽)の中には陽(陰)がある(図中の小さな丸)
―「陰中の陽」。

今、そこにある幸せ

「ないものはない」の2つの意味のうち、1番目の「なくてもよい」は、
持たないものは失うことはないから、必要以上の無駄なものは持たないということである。
2番目の「大事なことはすべてここにある」は、
アニメのキン肉マンでラーメンマンが言った「ないもの以外はすべてある」を思い出させる。

「ないもの」は、大事ではないものなのである。
だから、「ここにあるもの」は、すべて大事なものなのである。
そして、大事なものは、あれもこれも、というものではない。

大事なもの―すなわち、真の幸せ、本当の豊かさは、慎ましやかなものなのだ。
だから、それは特別な場所にあるのではない。
毎日の生活の、今あるところにあるのだ。
気づかないだけなのだ。
僕たちの心の持ちようだけなのだ。
あなたの、僕の、すぐ横にあるのだ。

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