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バードランド(2017.6)

埴輪の家

「埴輪に鳥が出入りしよるよ」
飯を食っていたら、妻がこう言う。
どういうことかと思ってしばらく庭に置いた埴輪を見ていたら、
小さな鳥が埴輪の穴の開いた袖口から勢いよく飛び出した。

わが家の庭には、父が昔どこからか買ってきた高さ数十cmあまりの埴輪が点景物として置いてある。
この埴輪には手はなく、両肩に直径2,3cmぐらいの穴が開いている。
去年はこの穴からハチが入って中で巣を作って大騒ぎしたが、
今年はなんと、小鳥が巣を作ろうとしているのだ。
そうか、何で今まで思いつかなかったのだろと思い、
早速ネット通販で巣箱を購入し、庭のソロの木(アカシデ)に掛けた。

シジュウカラだ。
灰色の羽に白い頬、頭から胸にかけて黒いラインが走る。
電線や木に留まってよく通る大きな声で「ツッピー・ツッピー・ツッピー」と鳴く。
春先から鳴き声だけはよく聞いたが、まさか小生の庭で巣作りを始めるとは。

5月に入り、埴輪の袖口からより頻繁に出入りするようになった。
観察していると、つがいで何処かに行っていることもあるが、
たいてい1羽は中にいて、かわるがわる外に飛び出しているようだ。
面白いことに、埴輪の両肩の2つの穴は、出口と入口がそれぞれ決まっているようだ。
そして、入る時は、まず庭のバラアーチにまず止まり、
それから埴輪の横のブラックベリーの木に移って侵入する。

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巣箱となった埴輪とピーちゃん。埴輪の前の植物はセージ、左はカモミール。
さて、ピーちゃんはどこにいるでしょうか?

ピーちゃんがわが庭で巣作りを始めてくれてとてもうれしいのだが、困るのは庭仕事だ。
埴輪はハーブ類を植えたロックガーデンに置いてあり、
近くで作業をしていると帰ってきたピーちゃんが「ジュク・ジュク・ジュク」と警戒の鳴き声を発する。
早くそこをどけと言われているようで気が引ける。
そういう時は、埴輪近くでの作業を早々に切り上げる。

ある時、埴輪の横に植えてあるルッコラを摘んでいて、誤って埴輪を倒してしまった。
アッと思う間もなく中にいた1羽がすごいスピードで飛び去って行った。
しまったと思い、埴輪を起こして観察していると、
2羽で帰ってきて電線に止まり、延々「ジュク・ジュク・ジュク」とやっている。
ごめんね。気をつけてもう二度と倒さないから。大丈夫だよ。中に入りな。
頼むから入ってくれよ。
しばらく「ジュク・ジュク・ジュク」とやっていたが、中に入ってくれた。
ああ、よかった。

シジュウカラは仲間同士で通じる言語を持つという。
確かに「ジュク・ジュク・ジュク」と鳴いている時は、仲間とコミュニケーションしているようにみえる。

しかし、ソロの木に掛けた巣箱には一向に誰も来ない。
どう考えても地べたに置いた埴輪より、高い位置に掛けた巣箱の方が安全だと思うのだけど。
いろいろ調べていると、
シジュウカラは地面にさかさまに臥せて置いてある植木鉢にも巣を作るのだそうだ。

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ソロの木に掛けた巣箱。左下に小さく埴輪の頭が見える。

ピーちゃんは、5月中旬に別のシジュウカラと埴輪の上で縄張り争いと思われるバトルを繰り広げ、
以後、もう二度と来ることはなかった。

横に歩く鳥

去年の今頃だったか、このコラムでホトトギスのことを書いた。
小生の家は、山が近い住宅地なので、春から夏にかけては様々な鳥がやって来る。
春は、ウグイスとシジュウカラ。
ゴールデンウィークを過ぎるとそれにツバメが混じり、やがてホトトギスの季節になる。
スズメはもちろん、ヒヨドリもわが家の常連である。
スズメは畑で砂を浴び、スイレンの水鉢で水を飲む。
ヒヨドリは庭の畑の芽キャベツやブロッコリーをついばむ困ったちゃんではあるが。

そんなこんなしていると、今度は妻が、
「キツツキみたいなのが来た。
キツツキみたいにソロの木をつついて、幹につかまってグルグル横に歩くんよ。
あんな歩き方をする鳥は初めて見た」と言う。
どんな鳥かと聞くと、あまり大きくなく、縞々があったと言う。
話している絶妙のタイミングで、点けていたテレビの自然紹介番組にコゲラが写っていた。
「おい、あれじゃないか?」と聞くと、「そうそう、あれあれ」。
へえ、こんな住宅地にもコゲラが来るんだ。

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コゲラ。わが国最小のキツツキ。

キツツキ人間

ところで、キツツキは漢字ではどう書くかご存知だろうか。
「啄木鳥」と書くのである。
そう、歌人の石川啄木の「啄木」である。
石川啄木はペンネームで、本名は石川一である。

何故彼は「啄木」をペンネームにしたのだろうか。
キツツキといえば、何といっても嘴で小刻みに木を叩く「ドラミング」である。
結核を発病し、療養のために故郷の岩手に帰った17才の啄木は、
病の床で静かな森に響くキツツキが木を叩く音に慰められたという。
この自宅療養以降、彼は「啄木」のペンネームを使うようになる。

啄木には、キツツキが木を叩く音が、まるで半鐘をつく早鐘のように聞こえた。
早鐘は、すなわち警鐘である。
啄木は、世の中に警鐘を鳴らす存在でありたいという願いを込めて、
自分をキツツキになぞらえたといわれている。
自らをキツツキになぞらえてから9年後、啄木はわずか26才でこの世を去ってしまう。

啄木が鳴らした警鐘とは何か。
大逆事件などの思想弾圧により閉塞感に包まれた社会への異議であり、
即物的で自然への尊厳が失われた社会への異議だった。
啄木が生きたのは100年前の明治時代だが、
管理社会の閉塞感や地球環境問題が進行する現代社会でも、啄木が鳴らした警鐘は十分通用する。
いや、より一層響かせなければならないのではないだろうか。

歌集「一握の砂」の有名な次の歌の歌碑は、故郷岩手の陸前高田の高田松原にあった。
が、今はない。

 いのちなき砂のかなしさよ さらさらと 握れば指のあひだより落つ

歌碑は、2011年3月11日、東日本大地震の津波で流失したのである。
啄木が鳴らした自然への尊厳の欠如への警鐘を、まさに身をもって鳴らしたのだ。

いのちある人のかなしさよ さらさらと 驕ればむなしくまことより落つ
行動するキツツキであれ!

| コラム | 13:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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