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これでいいのだ!(2016.7)

ウナギは夏に食うもんじゃない

梅雨が明ければ、夏である。
梅雨が明けて最初にやってくるもの、それは土用の丑の日である。
夏の土用は立夏の前の18日間をいい、そのうちの丑の日が土用の丑の日で、
今年は7月30日だそうである。

土用の丑の日といえば、言うまでもなく「ウナギ」である。
なぜ、土用の丑の日にウナギを食べるようになったか。
それは、平賀源内のたくらみからだ。

徳川家康が江戸に居城して以来、
東京湾(江戸湾?)の最奥、低湿地帯の多かった江戸はしきりに干拓が行われた。
この低湿地にはいろいろな生き物がすんでいたが、特にウナギは多かった。
で、ウナギは干拓に携わる労働者の食べ物だったそうだ。
そう、江戸時代初期は、ウナギは江戸のジャンクフードだったのだ。
以後、ウナギの食文化は江戸に根付き、一般食になっていった。

ところで、実は、ウナギの旬は冬なのである。
なので、夏は鰻屋は来客が激減し、商売は上がったりである。
困った鰻屋が、どうしたものかと平賀源内に相談したところ、
源内は「うし」の日の「う」が「うなぎ」に通じるとして、
「土用の丑の日はウナギの日」のキャンペーンを始め、
以後これが広まり定着したという。
今でいう、販促である。
多芸多才の源内は優れたマーケティングアナリスト、コピーライターでもあったのだ。

一年には立春・立夏・立秋・立冬と土用は4回ある。
土用の丑の日は、夏だけではないのだ。
最近は、スーパーを中心に、
「夏以外の土用の丑の日もウナギの日」のキャンペーンを行っている。
商魂たくましいのは気になるが、
先に述べたように、ウナギの旬は冬だから、理にはかなっている。
節分に訳も分からず恵方を向いて巻寿司を食べるキャンペーンよりずっとましだ。

江戸から積み上げてきたもの

小生は子供の時からウナギが大好物である。
長じて関東の大学生に入学し、初めて東京に出た。
やりたいことや、いきたいところはたくさんあったが、
そのひとつが江戸前のウナギを食べることであった。
そして、東京でウナギを食べて、ぶっとんだ。
こんなに美味しいものがあるのかと。

美味しいという源泉は、舌の上でとろける柔らかさである。
関東ではウナギは蒸して焼くことを初めて知った。
ウナギを蒸すことについては、本来の味と風味が損なわれるとの意見もあるが、
小生は素直に美味いと思う。
絶対に美味いと思う。

東京でウナギを食べ歩き、白焼きや「筏」というメニューがあることも知った。
やはり蒲焼が一番うまいと思うが、ワサビ醤油で食べる白焼きもなかなかのものである。
「筏」は、ウナギを数匹串に刺して蒲焼にしたものが、
そのままの形で大皿で出てくるものである。
鰻丼なんてセコイものじゃない。
ただひたすらウナギだけを食べ、大満足である。
「筏」は、東京は南千住の「尾花」。
「釣り針に注意」と店内に貼紙がある。天然物を使っているという意味である。

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これが「筏」。「ウナギ食った~」という感慨に浸れる。お値段もお値段だけどね。
写真:食べログ(尾花)より

こんなことを書き連ねていると、学生の分際でと怒られるかもしれないが、
小生は日頃は節約し、小金をためて月に1回ぐらい東京に出て行って、食べ歩いていた。
感動したのはウナギだけじゃない。
トンカツと天婦羅は東京の食文化の双璧である。

トンカツは洋食のカットレットを日本風にアレンジした和風洋食の典型である。
そして、トンカツは上野が発祥の地で、名店は上野に集中している。
上野でいろいろ食べ歩いたが、双葉のトンカツには食べる前から感動した。

何せ、分厚いのである。
普通のトンカツの倍以上あるんじゃないか。しかも柔らかい。
厚さが3センチぐらいあるのに、箸でちぎれる。
見るからにジューシーで美味そうだ。
美味しいものは、食べる前から、そのたたずまいを見ればわかる。
僕には自信がある。
今まで食べたトンカツのベスト・ワンである。
この双葉、残念ながら閉店してしまって、今はもう、ない。

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これが双葉のトンカツ。何せ、分厚い、柔らかい。
写真:食べログ(双葉)より


天婦羅は、江戸時代からこの地で発展したこともあり、
どう逆立ちしても東京のものにはかなわない。
文化にかけた時間と厚みが違うのである。

江戸前の天婦羅は胡麻油で揚げる。
従って、色が少し濃く、香ばしい胡麻油の香りがする。
こちらの名店が集中するのは浅草と銀座である。
小生が特に感動したのは、かき揚げである。

かき揚げは、家庭では残り物で適当に作るようなものだが、
東京に来て、かき揚げが天婦羅の中でひとつの大きなジャンルであることを知った。
江戸前のかき揚げの基本は、小柱(貝柱)と小エビである。
決して残り物ではない。わざわざそのために作るのだ。

そして、かき揚げといえば、銀座の天国である。
ここのかき揚げも食べる前から感動した。
その厚さ、数センチ。エビがぎっしり詰まっている。
かき揚げを厚く作ろうと思ったら、揚げながらネタを積み上げていくものだ。
しかし天国では、これを一発で作るそうだ。職人の技である。
もちろん、サクサクで美味い。
「食べた~」という実感に浸りながら、
このような食べ物を育んできた江戸、そして東京という街の食文化を思う。

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天国のかき揚げ。厚さ数センチ。食べ応えあるよ。
写真:天国ホームページ


バカボンのパパは成長しなくていいのだ!

街の食文化ということからウナギを振り返れば、
一言語らなければならないのは、名古屋の「ひつまぶし」である。
「ひつまぶし」は、鰻丼の御飯の上に蒲焼が乗っかっているだけでなく、
ご飯にも刻んだ蒲焼が混ぜ込んであるのだ。
これでもか、というぐらいウナギが出てくる。

味噌カツといい、エビフリャアといい、やたらいろんなものが付くモーニングといいい、
名古屋の食べ物は味が濃く、冗長である。
だから、きしめんが分からない。
なぜ、きしめんだけがさっぱりした味付けなのだろう。
名古屋というか、中京地区というか、
ここは関西と関東がクロスオーバーした場所だと思うのである。
食べ物から言えば、静岡は関東で、金沢は関西だ。
美味しいものを食べながら、といったことを考えるのである。

鰻という字は、魚偏に曼である。
曼は「長い」という意味である。
だからこれはこれでうなずけるのだが、長い魚といえば、ウナギとハモが双璧だろう。
しかし、ハモは漢字では鱧と書く。
こちらは豊かな魚で、ちょっと鰻がかわいそうになってくる。

ところで、ウナギといえば、忘れられないものがある。
それは、「ウナギイヌ」である。
「ウナギイヌ」は天才バカボンに出てくるキャラクターである。
天才バカボンに出てくるキャラクターは、バカボンのパパを筆頭に、
レレレのおじさんや眉毛の繋がった警察官など、とんでもなくかつ素晴らしいものばかりだが、
小生はこの「ウナギイヌ」にはぶっとんだ。

何にぶっとんだかというと、ウナギと犬の組み合わせである。
どうしたらこのような発想が出てくるのか。
ハチャメチャで、シュールで、笑えて、ブラックで、楽しい。
僕は赤塚不二夫を心の底から尊敬する。
彼がタモリを発掘したのも、むべなるかなである。

しかし、天才バカボンを連載していたころの少年マガジンは、今思えばすごかった。
天才バカボンに巨人の星(巨人は嫌いだけど)、あしたのジョー・・・
あの頃―昭和40年代頃は、誰にとっても未来が開けていたと思う。
東大安田講堂、大阪万博、アポロ11号、沖縄返還、山陽新幹線開通・・・
混沌としていたが、いろいろなことが起こる予感があった。
わが広島カープも昭和50年に初優勝した。

あれから50年、もういいだろう。
経済成長だけが進歩じゃない。もう、そういう時代じゃない。
和を以て貴しとなし、足るを知り、つつましやかに暮らす。
成熟した高齢化社会だからこそできることがある。
助け合い、思いやり、おもてなし。
積み上げ、熟成させてきた地域の食文化のように、
バカボンのパパの秘められた力のように、
僕たちには誇れるものがあるんじゃないか、と思う。

これでいいのだ!

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