2015年07月 | ARCHIVE-SELECT | 2015年09月

| PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

「いるもの」であってほしい(2015.9)

「燃える」か「燃やす」か

友人が、とあるところで見た「燃えるごみ」と書かれたごみ箱と、
「燃やすごみ」と書かれたごみ箱が並んでいる写真をface bookにアップし、
これはいったいどう違うのだろうとのコメントをつけた。

これには小生も虚をつかれた。
なるほど、言われてみればどちらも聞くし
(「燃やす」という言い方より「燃やせる」という言い方の方が多いと思うが)、
小生も何も考えずどちらも使っていた。
可燃物・不燃物と分けてしまえばそれでおしまいなのだが、
「燃える」と「燃やせる」(燃やす)の裏には何か重要なこと、
本質的なことが隠れているような気がして、そして、考えた。

image002_201508310952531c3.jpg
友人がface bookにアップした写真。たしかにこりゃちょっと悩むね。

「燃える」は、火をつければ勝手に燃えるイメージだ。
しかし、「燃やせる」(燃やす)となると、本来は燃えないのだが手を加えれば燃える、
もしくは、本来は燃やしてはいけないのだが、条件がそろえば燃やすことができる、
また、本来は燃やす必要のないものだが、燃やそうと思えば燃えるというイメージだ。

なぜそんなイメージになるか考えてみる。
まず、「燃える」と「燃やせる」(燃やす)の大きな違いは、
文法的にいうと前者は自動詞、後者は他動詞である。
さらに、「燃やせる」は、「燃やす」という動詞に可能の助動詞「る」がついたものだ。
だから、「燃える」は勝手に燃え、
「燃やせる」は手を加えたり、許可をもらったりして、
「燃やす」ことが「できる」ようになったものといえる。

本来は燃えないが手を加えれば燃えるとか、
本来は燃やしてはいけないが条件がそろえば燃やせるものの代表は、
なんといってもプラスチック類だろう。
プラスチック類は、燃やそうと思えば燃えるが、
有害なガスが発生したり、高カロリーで焼却炉を傷めるため、
以前は「燃やせる」ごみではなかった。
しかし今は、プラスチック類の焼却にも対応できる焼却炉ができ、
RPFといって古紙と廃プラスチック類を原料とした固形燃料もあるぐらいなのである。

image003_20150831095254700.png
広島市では「可燃ゴミ」と「不燃ゴミ」で分かりやすい。
プラスチック類が「ペットボトル」「リサイクルプラ」「その他プラ」と3種類に分かれていることに注意。
広島市ホームページより


では、本来は燃やす必要のないものとは何だろう。
それは、資源としてまだ使えるものだ。
いわゆるリサイクルできるものだ。
燃やせばただの灰になってしまうので、
できるのであれば再生利用した方がいいことは明らかである。
明らかであるのだが・・・

リサイクル業者とて企業であるので、利益を生まないものには手を付けない。
以前よく見かけたチリ紙交換がパタッと来なくなる時があったが、
それは再生紙の相場が暴落した時だ。
廃棄物処理業というものは、実はそのコストの大部分が収集運搬コストであり、
この部分がペイしないと事業として成立しないのだ。
だから、収集運搬コストをいかに削減するかがリサイクルのカギになる。

リサイクルしたいけど、できない

ところで、ごみを集めたり、運んだりすることは簡単にできないことをご存じだろうか。
廃棄物の収集運搬には廃掃法という法律に基づく許可がいるのだ。
だから、廃棄物を収集運搬するためには、自らがその許可を受けるか、
その許可を受けている業者に委託しなければならない。
また、そのごみが産業廃棄物であれば、マニフェストという帳票の交付が必要になる。
ごみを集めたり、運んだりすることは、結構難しいことなのだ。
が、実は、許可がなくても収集運搬できるごみがあるのだ。

許可がなくても収集運搬できるものを「専ら物」といい、
それに携わる業者を「専ら業者」という。
「専ら物」とは、古紙、屑鉄、空き瓶、古繊維の4種類の産業廃棄物のことをいう。
これはその昔、廃品回収業が生業としてあったころの名残なのである。

ところが今や、リサイクルの対象は大きく広がり、
ペットボトルをはじめプラスチック類は大きな位置を占めている。
現に、容器包装リサイクル法という法律を作り、国もその推進を図っているではないか。
なのにだ、プラスチック類は「専ら物」ではないのだ。

従って、その収集運搬のためには、
許可を受けた業者にお金を払って委託しなければならない。
またそれが産業廃棄物であれば、マニフェストも作成しなければならない。
お金のかかることばかりである。
収集運搬コストの削減が、リサイクルのカギであるのにだ。
片方では法律まで作ってリサイクルを推進し、
片方では許可制にしてその肝である収集運搬コストの削減を阻んでいる。

以前、いわゆる「菜の花プロジェクト」で、
使用済みのてんぷら油を回収してBDF(バイオディーゼル燃料)を作る活動をしていた知人たちが
行政から注文をつけられたことがあった。
すなわち、使用済みのてんぷら油は廃棄物であり、
その収集運搬は許可がないと認められないというのである。
世のため、人のため、地球のために、よかれと思ってやっていることに、
まさかお上から待ったがかかるとは、誰もが大いに違和感(と憤り)を持った。
本末転倒とはこのことではないか。
持続可能な循環型社会の構築こそ、廃掃法の目指すものではなかったのか。

image004_20150831095256904.jpg
ペットボトルとプラスチック製容器包装のリサイクルのための識別マーク。
一方では法律まで作ってリサイクルを推進しているのに・・・


なんで地下鉄が3階から出るんだ

なんで、お湯を沸かしながら、その一方で氷を投げ込むようなことが起きるんだろう。
それは、この廃掃法(廃棄物の処理及び清掃に関する法律)という法律が古いせいなのだ。
廃掃法は昭和45年(1970年)にできた法律だ。
(余談だが、その5年後にカープが優勝するなんて、誰が想像できただろうか)

当時、小生は中学生だったが、
例えばその頃、卵はバラで売っていた。
豆腐は家からどんぶりを持って買いに行った。
何が言いたいかというと、卵や豆腐のパックなどというものはなかったのである。
すなわち、プラスチックごみなどというものは、ほとんど出なかったのである。
そんな時代と、プラスチックの扱いが変わっていないなんて。

この廃掃法という法律は、
そのすべてを本当に理解している人はいないんじゃないかといわれる法律だ。
不法投棄、ダイオキシン、アスベスト・・・
世の中で何か起きると、その規制を最優先とするため、
施行令、施行規則、通達などを連発し、改正に改正を重ねてきた。
旅館でいうと、増築に増築を重ね、本館と新館と別館が入り乱れて迷路のようになっている。
駅でいうと、地下鉄が3階から出る渋谷駅のような法律なのである。

規制が最優先であったことは当然のことであり、
そのために地下鉄が3階から出るようなことになったのは、いたしかたないことである。
でも、それはこれまでのことであって、その矛盾や不適合が分かっているのだから、
これからも増改築を重ねていくことはあってはならないと思うのである。
ここらで一回、焼却場の建て替えのように、思い切ったスクラップ&ビルドが必要だと思うのである。

ごみとは何か

廃掃法の様々な課題の根本には、「ごみとは何か」という問題がある。
これはなかなか深い問題である。
廃掃法の第2条に「『廃棄物』とは、
ごみ、粗大ごみ、燃え殻、汚泥、ふん尿、廃油、廃酸、廃アルカリ、動物の死体その他の汚物又は不要物であって、固形状又は液状のもの(放射性物質及びこれによって汚染された物を除く。)をいう」とある。

廃棄物の定義の中にまた「ごみ」が出てきて混乱するが、
しかし、ここに「不要物」というキーワードが出てくる。
「汚物」はとりあえず横に置いといて、
「ごみ」とは「不要物」、すなわち「いらないもの」なのである。

では、「いるもの」と「いらないもの」の違いは何だろう。
その違いは、お金での取引が可能な「有価物」であるかどうか、
ということが一般的には基準とされているが、これがまた単純ではない。
なぜなら、古紙や鉄屑などの再生資源の価格が暴落し、
自治体が処理費を払って回収業者に渡すいわゆる「逆有償」の問題が起こったからだ。
お金を払ってごみを引き取ってもらう、
すなわち、ごみが「有価物」であるという逆転現象が起きたのだ。

「いるもの」と「いらないもの」という側面から見ていくと、
ある人にとって「いらないもの」であっても、
別の人にとっては「いるもの」であることは結構あることだ。
だから、それがごみであるかどうかは、人によって異なるのだ。

ごみを減らすためにはどうしたらいいか。
それは「いらないもの」を減らすことである。
限りなく「いるもの」だけにする。もしくは、「いらないもの」を「いるもの」に転換する。

僕は、「いるもの」だろうか。
僕は、世の中にとって「いるもの」だろうか。
僕は、僕の仕事は、世の中から必要とされているものだと思いたい。
すべての人が、世の中にとって「いるもの」である世の中であってほしい、
と僕は思うのである。

| 未分類 | 10:23 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

| PAGE-SELECT | NEXT