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誰もが毎日すること

神様はうんちをするか
前回のえこらむでは、日本神話について少し触れた。
思い出していただきたい。アマテラスとスサノオはイザナギ・イザナミ夫妻の子であった。
イザナミは他にも多くの神を生んだが、一番最後に火の神カグツチを生んだ。
一番最後というのは、このカグツチを生んだためにイザナミは死んでしまうのである。
なぜ死んだか。
カグツチは火の神であったため、イザナミは生むとき陰部を焼かれ、それがもとで死んだのだ。
神話にしてはなんとも生々しく、凄惨な話である。
しかし、ここまでは話の成り行きとしてそれもありだが、この後がすごいのだ。

火傷をして病に臥したイザナミは、嘔吐した。
そして、なんと、脱糞した。
さらに、放尿した。
嘘じゃない。古事記にそう書いてある。
これは神様の話である。しかも、イザナミはわが国の国生みの神である。
そして、天孫アマテラスの母である。
何ということだ!

嘔吐物からはカナヤマビコとカナヤマビメ、
糞からはハニヤスビコとハニヤスビメ、
尿からはミツハノメとワクムスヒの諸神が生まれた。
ワクムスヒの子はトヨウケビメである。
ワクムスヒは生成の神、トヨウケビメは食物の神である。

神が死んだ後、その死体から人間にとって必要な様々なものが生まれてくるというのは、
世界各地の神話に共通のモチーフである。
が、排泄物から食物が生まれる神話は日本だけだそうだ。
これはすごいことである。

昔むかしのいつの頃か、下肥が発明され、
それを用いると農作物が著しく生育することを我々の先祖は知った。
豊かに育った野菜、たわわに実った穀物をみて、
下肥-糞尿に作物を生成する力-命を再生する力を見出したのは自然なことではないか。
これは日本人として世界に誇れることではないか。

リサイクル都市:江戸
下肥の文献上の初見は927年に成立した延喜式といわれる。
それから700年後、17世紀には、わが国最大の都市江戸は世界に冠たる百万都市になっていた。
その江戸が大変なリサイクル都市であったことは、
環境省の環境白書に取り上げられてから有名になった。
金属製品の修理をする「鋳かけ屋」、割れた瀬戸物を直す「焼き接ぎ屋」などの修理業者をはじめ、
「紙屑買い」「灰買い」などの回収業者など様々なリサイクル業者がおり、
3Rどころか5Rの実践都市だったのである。

糞尿はどうだったのだろう。
江戸では下肥は貴重な肥料として売買されていた。
江戸近郊の農家が下肥を買い取り、それで育てた野菜を江戸に供給したのである。
それを食べた江戸市民はまた下肥を生産し・・・
まさに「循環」、これぞ「ゼロエミッション」である。
下肥は需要が供給を上回り、慢性的な品不足で、
18世紀末には価格が4倍に高騰したというから驚きだ。
当時のし尿排出量は1人年間600リットルだったそうであるから、
江戸全体での1日当りの排出量は、600リットル×100万人÷365日=1,644kl となる。
これは一般的なバキュームカー(容量3kl)550台分である。

image001.png
江戸での下肥と食料をめぐる循環 平成20年版環境・循環型社会白書(環境省)より

糞尿都市:パリ・ロンドン
翻って、当時の花の都パリ、大英帝国のロンドンはどうであったか。
17世紀から18世紀のパリはブルボン朝でヨーロッパの文化の中心だった。
太陽王ルイ14世は、かのベルサイユ宮殿に居住し、栄華を尽くした。

しかし、下町に目を向けると、かの都では下水はまだ整備されておらず、
トイレはなんと、「おまる」で用を足したそうである。
では、「おまる」の中の内容物はどうなるか・・・
川や溝に捨てるのである。
それはまだいいほうで、川や溝に行くのが面倒な人はどうするか・・・
なんと、窓から捨てるのである。
道を歩いていたら空から降ってくる!

で、どうするか。
○○を踏まないようにつま先立って歩く。
ずっとつま先立って歩くのはしんどい。
で、できたのがハイヒールである。
ハイヒールは女性の足を美しく見せるためでもなんでもない。
○○を踏まないようにして歩くために生まれた靴なのである。

フランスで香水が発達したのも、元を正せば、糞尿の臭い消しなのである。
これじゃあベストやコレラが流行るのも仕方がないよなあ。
ロンドンでは17世紀にペストが大流行し、人口の5分の1が死亡したといわれる。
実際の量をイメージすると身の毛がよだつ。
先に計算したバキュームカー数百台分の糞尿が毎日街中にまかれるのである。
毎日、毎日・・・人間が食物をとる限り。

島国根性、いいじゃないか。
ガラパゴス化、いいじゃないか。
「清」は日本の心だ。
日本人じゃなければ、誰がウォシュレットを作ることができるのだ。

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ベルサイユ宮殿。「♪愛、それは・・・」オスカル!アンドレ!しかし庶民は糞尿まみれ。

そして、わが広島も
何もリサイクル都市は江戸ばかりではない。
当時の日本は、全ての都市がリサイクル都市だったのである。
そう、私たちの住む広島も。
江戸時代後期の文化年間に描かれた「広島城下絵屏風」(広島城蔵)には、
西国街道沿いの当時の城下町の様子が詳細に描かれている。
その中に、公衆トイレと思われるものが描かれている。
道路はもちろんきれいで、パリやロンドンのようなことは、当然、ない。

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資料:広島城下絵屏風(部分) 広島城HPより

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広島城下絵屏風より「公衆トイレ」
第1回日米都市サミット広島2004分科会Ⅳ『環境と都市の持続可能な発展』資料より


旅とトイレ
十数年前、中国に2回、延べ2週間ほど滞在したことがある。
小生は食べ物には非常に執着があり、
かつ自分自身の料理レパートリーでも中華料理は最も得意とするところである。
なので、大いなる期待を持ってかの地へ渡った。

ところが、である。2回とも判で押したように2日目の夕方から腹の具合が悪くなる。
痛くはないのだが、とにかく下痢がひどいのだ。
それもほとんど液体だ。数時間おきにトイレに行きたくなる。
本場の中華料理を前に・・・
悔しいからそれでも食べたが。

で、トイレである。
上海、アモイ、西安とほとんど都会にいたのだが、ホテルを除いてトイレが悲惨なのである。
いわゆる公衆便所が悲惨なのである。
まず、ドアがない。ひどい場合は便器もない。紙もない。
水洗などというものはその概念さえない。
そんなものに数時間おきに行かなければならない。
この苦しみと屈辱!

○十年前、ハネムーンでハワイに行った。しかも初めての海外旅行だ。
ホノルル空港に着いた。用をたしたくなったので、ホノルル空港でトイレに行った。
「えっ!ここでするの?」
トイレ(大きい方)のドアの上の部分と下の部分がないのである。
ちょうど西部劇に出てくる酒場の入口のドアみたいな感じである。
大事な部分は隠せるが、これでは半見えではないか。
落ち着かないこと甚だしい。
後から聞くと、これはホールド・アップ防止で、外から見えない密室を作らないためだそうだ。
銃社会とはトイレまで影響を及ぼすのか。

仕方がない。
意を決してズボンとパンツを下ろして便器に座ろう・・・としたが、座れない。
便器の位置が異常に高いのだ。これがアメリカンサイズか。
よっこらしょと便器に上るように腰をかける。
足は床に着かない。ブランブランである。ドアの上と下は空いている。
外から見たらかっこ悪いだろうな。
子供が入っていると思われるかな。
外へ出たとき顔を見られたら恥ずかしいな。

初めての外国でしょっぱなからカルチャーショックに打ちのめされたのだった。

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