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春なのに

Melancholy Spring

自分の生まれ月でもある3月は、一番好きな季節だ。
いや、季節だった

春は光。
満ち溢れる光と再生の予感。
これから始まる新しい生活。
その一番好きな3月、春の喜びを僕から奪ったもの……
そう、それは花粉!だ。

花粉。着色すると美味しそう。


花粉は語る

10年も前、その花粉の調査に携わったことがある。
湿地の自然再生。40mの厚さで堆積する泥炭の中の花粉分析である。

花粉は腐りにくく、何万年も壊れずに土の中に残っている。
この湿地の歴史は5~7万年前まで遡ることができるが、その頃の日本は最終氷河期。
湿地の最深部からはツガやスギ、モミなどの花粉が見つかった。

一転して6千年前の土層からはシイ、カシの花粉。
針葉樹から常緑広葉樹へ……
氷河期が終わりを告げ、暖かくなり、海面が上昇した。
いわゆる縄文海進である。


瀬戸内海の謎

世界遺産・厳島神社をいだく宮島の海岸に大元公園という公園がある。
大元公園にはモミの群生地がある。
モミといえばクリスマスツリーで、寒い地域や高地に生育する樹木である。
それがなぜ暖かい瀬戸内海の海辺に群生しているのか?

氷河期、宮島は平原の中に立つ山地だった。
ところが縄文海進で海面が上昇して宮島は島となり、
モミはこの地にとり残され、かろうじて生き残った。

では、

 Q:氷河期の頃、瀬戸内海はどういうふうになっていたのだろう?

 A:海面は今より百数十m低く、瀬戸内海は陸地だった。

…と、文章で書くとあっさりしてしまうが、では、広島平野を作った太田川はどうだったのだろうか?


想像してほしい(Imagine.…ああ、ジョン・レノン!)当時の瀬戸内海は陸地である。
太田川はもっと遠くまで流れていってたはずである。
では、どこまで?
ちょっとまてよ……じゃあ他の川はどうだったんだろう?

下の図を見てほしい(海岸線はもちろん違うが)。

20110301河川


当時の瀬戸内海(といっても陸地だが)の流域は大きく2つ。
岡山を分水嶺として、西と東に大きな川が2本流れていたという。
太田川はどうだったか。
太田川は、はるか豊後水道に抜ける大河の一支流に過ぎなかったのだ!


隠された十字架

先に、
「海面は今より百数十m低く、瀬戸内海は陸地だった。」
と簡単に言ったが、
その先のいろいろなことを考えると、見えなかったことが見え、とんでもないことに気づく。
太田川は豊後水道に流れていたとは!

突然だが、「吉牛」のファンである。
若い頃から「こんなうまいもんないなあ~」と足繁く通った。
さて牛丼にはどのくらい肉が入っているのだろう?
物好きな人もいて、Web上では牛丼チェーンの肉量比較のページがたくさんある。
それらによれば、1杯概ね60g前後のようである。

で、この牛肉、どうやって生産されるか考えたことがあるだろうか?

牛は飼料で育てる。
ではどのくらいの飼料が必要か?
⇒牛肉1kg(牛丼17杯分)を生産するのに10kgの飼料が必要だそうである。

では、その飼料はどうやって生産されるのだろうか?
飼料となるトウモロコシなどの穀物を育てるには水がいる。
⇒穀物10kgを生産するのに、なんと20,000kg!の水が必要だそうである。

ということは、
牛肉1kgを生産するのに20t、
牛丼1杯の牛肉だけでも約1.2t(!)の水が必要だということだ。

農林水産省によれば、わが国の牛肉の自給率は44%である。
56%を占める輸入牛肉の裏には、実は膨大な水の輸入が隠されていた……
これをバーチャル・ウォーターという。

今、世界では、5人に1人が安全な水を得られない状況にある。
ユニセフによれば、サハラ以南のアフリカでは、不衛生な水のため5人に1人の子供が15歳までに亡くなっている。
今、日本では、1人1日2tの水を消費し、バーチャル・ウォーター量は年間実に640億tと試算されている。
今、地球のために、地球に住む人のために、地球に生きる生物のために、私たちは何ができるのだろうか。
何をしなくてはならないのだろうか。

春なのに、春なのに……憂鬱である。

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