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夏の思い出(2018.9)

この夏は暑かった

この夏は暑かった。
いやいや、過去形ではない。9月になってもまだまだ十分暑い。
現在進行形だ。

今年初めて聞いた「危険な暑さ」という表現は、
テレビのニュースでもう聞き慣れた。

高校で地学を教えている友人が、
「ラニーニャ現象が起きているので、今年の夏は暑くなるよ」と言ったが、
まさにその通りになった。
ラニーニャ現象とは、太平洋のペルー沖の海面水温が平年より低くなることだ。
そのことにより、逆に太平洋の東南アジア付近の海面水温が平年より高くなり、
太平洋高気圧を強め、日本に暑い夏をもたらすという。

それに加え、この太平洋高気圧とチベット高気圧の「ダブル高気圧」が日本付近に居座り、
酷暑をもたらしたようだ。

わが家の庭でも、この夏はいろいろ異変が起きた。
まず、いつもはあれほどうるさいセミが、この夏はほとんど鳴かなかった。
抜け殻は結構みつかるが、鳴く前に力尽きてしまったのだろうか。

わが家の庭を毎日巡回パトロールする野良猫たちも、まったく姿を見せなかった。
しかし、唯一の例外は蚊で、蚊は暑すぎると出ないというが、とんでもない。
わが家の庭にはどこにでもやぶ蚊がいて、庭に出ると瞬時にやられてしまう。

植物はさらに悲惨で、毎日の水やりもまさに「焼け石に水」。
緑のカーテンのゴーヤは、実がまだ小さいのに次々と黄色くなってしなびていき、
まともに収穫できなかった。
この夏は、沖縄より本土の方が日射が強く暑かったのではないかと思う。
アイビーやシロタエギクは日焼けしてずい分葉を落としたし、
クローバーやヒューケラなどの地被類はことごとく枯れてしまった。

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ゴーヤは、実がまだ小さいのに次々と黄色くなってしなびてしまった。

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他の植物は元気なのに、日影が好きなヒューケラは枯れてしまった。

ところで、夏が暑いと半年後にとても困ることになるのをご存知か。
今から「やだなー」と気分が滅入ってしまう。
それは、「花粉」である。
夏が暑いと杉の花の成長が良く、大量の花粉が作られるのである。
やだなー。

この夏はひどかった

この夏の大事件と言えば、何といっても豪雨災害である。
7月6日のあの夜、わが家も危うく床下浸水になるところだった。
小生の知り合いにも「あぶなかった」という人が何人かいる。

広島県内では、マスコミには出ないが、
河川の支流のそのまた支流や市町村道、田んぼや畑やため池など、
規模は小さいが、郊外の中山間地域のあちこちで被災している。
普段は水の少ない小さな河川があふれて道路が寸断され、小さな集落が孤立した。
復旧は、大きな被害が出た地区や幹線交通が優先され、
マスコミにも出ない小さな集落にはボランティアも入らない。
そして、中山間の小さな集落は、高齢者ばかりである。

今回の災害に関する報道で気づかされたのが、支援物資についての様々なことである。
避難・復旧の状況に応じて被災者のニーズは刻々と変わるため、
支援物資のミスマッチが起こる。
被災当初はそれこそ飲み物や食べ物、様々な日用品が求められるだろうが、
復旧の段階になると、スコップや手鍬、ブルーシートや土嚢が求められる。
そうなれば、あれほど必要だった様々な日用品は山積みになるだろう。

今回の災害で、今更ながら明らかになったのは、
支援物資の保管スペースと、
何よりそれを仕分けして整理し、被災者のニーズに応じて適宜提供する役割の必要性だ。
それは本来役所が担うべき仕事だろうが、役所からしてみれば、
被災地ではあまりにもやることが多く、手は回らないのは仕方がない。

東日本大震災のあと復興事業で被災地に行く機会があり、
実際に被災地を見、被災者の方に話を聞くことができた。
それによれば、被災後しばらく困ったことはたくさんあったが、
そのひとつはガソリンがなく、車が動かないことだったそうだ。
鉄道が被災している中で、車があっても動かないから何もできない。

東日本大震災は原発事故も含め、街自体が壊滅的な被害に遭ったため、
ガソリンスタンドも被災し、残っていたとしても道路が寸断され、
給油のタンクローリーが入れない。

どんな社会活動をするにしても、ベースとなるのはエネルギーと交通・運輸である。
これがなければ何もできない、何も始まらない。

戦争にしても、兵力以上に兵站、
すなわち戦闘部隊の後方にあって、人員・兵器・食糧などの前送・補給にあたり、
また、後方連絡線の確保にあたる活動機能(ロジスティクス)が重要なのである。
余談だが、ロジスティクス戦略の概念自体がなかった日本には、
最初から太平洋戦争に勝てる見込みはなかった。

サンダーバードよ再び

ふり返って見れば、2010年以降たった8年の間に、
東日本大震災、広島の集中豪雨、御嶽山噴火、熊本地震、九州北部豪雨、
そして今回の西日本豪雨と、毎年のように「大災害」とよべるような災害が起こっている。

これらの災害が不幸中の幸いなのは、
原発事故を誘発した東日本大震災を除いてはみな単発なことである。
しかし、大災害が複合して起こることは十分あり得る。

いつ起こるか分からないが、近い将来必ず起こる東海・東南海地震。
それに誘発される火山活動。
そして毎年のように起こる台風や豪雨による洪水や土砂災害。
それらが同時に起こることだって十分考えられる。
地震で地盤が揺らいだ後に豪雨と土砂災害、
火山灰が積もった後に豪雨と土砂災害・・・想像するだけで想像を絶する。

数十年から数百年おきに噴火を繰り返してきた富士山が、
最後に噴火したのは今から約300年前の年前の1707年の宝永大噴火だ。
そしてその噴火は宝永地震の49日後に発生しているのだ。

毎年のように起こる大災害。
その度に繰り返される役所のオーバーフローとボランティアへの依存。
これでいいのだろうか。

カスタトロフィ(大破局)は、災害国日本ではいつ起こってもおかしくない。
国として、大災害発生時に起こる様々なことに対応する特化した組織があるべきではないのか、
と思うのである。
起こってからでは遅い。余裕のある時に組織を作って訓練を重ね、備えておく必要がある、
と思うのである。

懐かしいあのサンダーバード「国際救助隊」のような組織があってもいいと思うのである。
わが国には自衛隊というシーズもある。
戦争するのではなく、
事故や災害時の救助・救援を担うプロの公的な組織が必要なのではないかと思うのである。

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サンダーバード2号。
国際救助隊の全ての救急メカを事故災害現場へ運ぶ輸送用大型航空機。
(海洋堂フィギア)

夏の終わりに

暑い夏、ひどい夏が終わろうとしている。
春がやだなー。
また来年の夏も暑いのかなあ。
「夏痩せ」とは異次元の世界に生きる小生は、暑さを癒すビールがすすみ、
「夏太り」となった腹をさすりながら、この国の事を憂いている。

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たくさんのふしぎ(2018.8)

アインシュタインの言葉

相対性理論をはじめ光や時空について
従来にはない大胆な発想で近代物理学の基礎を築いたあのアインシュタインが、
次のような言葉を残していることを知った。

「現段階では、科学がその正式な説明を発見していない、ある極めて強力な力がある。
それは他のすべてを含みかつ支配する力であり、
宇宙で作用しているどんな現象の背後にも存在し、
しかも私たちによってまだ特定されていない」

物理といえば、以前もこのコラムで書いたけど、
高校生の頃、原子のことが不思議でならなかった。

ご存じのように、原子は原子核の周りを電子が回っていると教えられた。
それはいいのだが、原子核や電子はとても小さいのだ。
いろいろ調べてみると、原子の直径は原子核の10万倍ぐらいあるという。
原子核の大きさを1mmとすると原子の大きさは100mになる。
原子を野球場に例えると、原子核は2塁後方にある砂粒だ。
原子って、スカスカじゃないか。

でも、例えば金属はカチカチで、ものがぎっしり詰まり、隙間なんてないじゃないか。
ということが、不思議で不思議で、
物理や化学の先生になぜそうなのか聞きに行った。
そしたら先生は「アシモフとかガモフとかの科学者がSF小説を書いているから、
まずそれを読んでみなさい」とはぐらかされた。
不思議だなあ。

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国際原子力機関(IAEA)のマーク(ラザフォードの原子模型)
原子核の周りを電子がぐるぐる・・・原子の中はスカスカじゃないか

光は波である。
波は、波という物質があるのではなく、ものが伝わっていく状態をいう。
例えば池に石を投げ込むと波紋が広がっていく。
水が波という状態を作っているのであって、波という物質があるのではない。
すなわち、波はそれを伝える媒体―この場合は水―があって、
初めて作られるものである。

ここまではいいのだ。何の問題もない。
問題はこれからだ。

太陽の光が地球に降り注ぐ。
で、太陽と地球の間に何があるのか。
真空じゃないか。なにもないではないか。
伝えるものがないのに、どうして伝わるのか。
おかしいじゃないか。
不思議だなあ。

僕はいったい誰だ

昨日のあなたと今日のあなたは違う。
いえいえ、精神論的な話じゃない。
昨日のあなたの体と今日のあなたの体は違う体なんだ。
バカなことを、と思われるかもしれないが、本当だ。

胃や腸の表面の細胞は1日で置き換わるのはご存じか。
ちなみに、赤血球の寿命は4ヶ月、骨細胞は10年だそうだ。
このように私たちの体の多くの細胞は程度の差こそあれ、絶えず置き換わっている。

ただし、置き換わらない細胞もある。
寿命が人間の一生と同じという細胞、すなわち、脳の神経細胞や心臓の心筋細胞だ。
だから、脳梗塞や心筋梗塞が致命的なのだ。
しかし、iPS細胞などの最近の再生医学では、
こんな二度と細胞分裂をしないといわれていた脳の神経細胞でも
再生する力を持つことが解ってきたそうだ。

日々どんどん入れ替わっていく自分の体。
じゃあ、僕っていったい誰だ。

突然だが、牛は草を食べ、その植物繊維(セルロース)を消化する。
私たち人間をはじめ、多くの動物はセルロースを分解することができない。
牛が4つの胃袋を持つことはご存じだと思うが、
牛がセルロースを分解できるのは、この4つある胃袋と大いに関係がある。

ところで、小生の今までの記述には嘘がある。
改めて言い直すことにする。
牛はセルロースを消化(分解)できない。

何を言っているのか。
じゃあ、今までの記述は何だったのか。

実は、セルロースは牛ではなく、
牛の胃袋にすみついている微生物が分解しているのだ。
牛は、これらの微生物がセルロースを分解して作り出したブドウ糖や、
されにそれから作り出したアミノ酸等を「食べて」いるだけなのだ。
すなわち、セルロースを「食べて」いるのは微生物であって、牛ではないのだ。

生きているのは、まず微生物であって、それにより牛が生かされているのだ。
じゃあ、牛の命って何だろう。
牛が生きているのではなく、
微生物の「乗り物」として生かされているだけではないのか、
という疑問がわいてくる。

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牛は牛であって牛でない。牛の胃の中に棲む微生物の乗り物だ。

ここまでくると、「パラサイト・イブ」の話を思い出す。
「パラサイト・イブ」は、ミトコンドリアが細胞の支配を逃れ、
宿主である人間に対し叛乱を起こすというSFホラー作品である。

生物の細胞内には真核とミトコンドリアがある。
両者は地球上に生命が誕生した頃はそれぞれ別の生物だったが、
やがてミトコンドリアは真核を持つ生物に取り込まれ、その一部となった。
しかし、ミトコンドリアは真核とは別のミトコンドリアDNAというDNAを持っており、
分裂、増殖する。

この物語の科学的知見のベースになっているのが利己的遺伝子説といわれるもので、
これは、今までの、種のための個体、個体のための遺伝子という考え方を逆転させ、
遺伝子から生物の進化を解釈するものである。

すなわち、遺伝子は自分のコピーを残すことを目的とし、
その過程で生物体ができあがるという考え方である。
つまり、我々人間を含め、生物個体は遺伝子が自らのコピーを残すために
一時的に作り出した「乗り物」に過ぎず、
ミトコンドリアDNAは、細胞、およびそれでかたちづくられる生物と「共生」しているのではなく、
自己の遺伝子のために生物に「寄生(パラサイト)」していると考えるものである。

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著者の瀬名秀明は当時東北大学薬学部大学院博士課程に在籍
第2回日本ホラー小説大賞受賞

これは、とてもショッキングなことだ。
僕たちは、生きとし生けるものは、さも自分の意志で活動し、生きているように思えるが、
それは全く違うということだ。

生命というものが生まれた時から、
自分のコピーを残すことだけが唯一の目的の遺伝子というものがあり、
それが延々40億年間、脈々と受け継がれてきただけのことだ。

その間に生まれ、死んでいった無数の生物は、その「乗り物」にしか過ぎなかった。
その最初の遺伝子の営みにより、
この世界のすべて、森羅万象が成り立っているのである。
この遺伝子の意思だけが、この世の中で唯一存在するものだとは。

再びアインシュタインの言葉

冒頭に述べたアインシュタインの言葉は、こう締めくくられている。

「この宇宙的な力は「愛」だ」

| コラム | 10:23 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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梅雨の後先(2018.7)

お滝さん

梅雨である。
梅雨の絵といえば、これはもう、アジサイとカタツムリである。

まず、そのアジサイであるが、
アジサイは、いろいろとそれにまつわる話が多い花である。
アジサイと聞いて、小生が一番最初に思うのは、「オタクサ」である。

「オタクサ」は、シーボルトがつけたアジサイの学名である。
但し、それは、既に記載されている種と同一種とみなされ、植物学上有効名ではない。
シーボルトは長崎にいる時、「お滝さん」という愛妾がいた。
彼は、自分が愛した「オタキサン」と、好きだった日本の美しい花を重ね合わせ、
その花を「Hydrangea otaksa」と命名したのだ。

二人の間に生まれた娘イネは、テレビドラマ「オランダおいね」の主人公であり、
日本人初の女医として知られている。
余談だが、長崎には「オタクサ」というお菓子がある。

アジサイの花言葉は「移り気」である。
それは、アジサイの花の色が一定でなく、青、紫、赤などに変化するからだ。
アジサイは、土壌が酸性なら青、アルカリ性なら赤になる。

しかし、色の変化の根本原因は、pHではなく、アルミニウムイオンである。
土壌が酸性だと、アルミニウムイオンが土中に溶出し、
アジサイに吸収されて花のアントシアニンと結合して青色なるそうだ。
アントシアニンといえば、ブルーベーリーに多く含まれるとよく聞く有効成分だ。

青と赤、酸性とアルカリ性といえば、リトマス試験紙だ。
しかし、リトマス試験紙は、酸性なら赤、アルカリ性なら青で、アジサイと逆だ。
一緒なら、分かりやすいのに。

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わが家のアジサイ。もう終わりに近づいているが、土壌はどうやら酸性のようだ。

カタツムリはどこへ行った

小学生の頃、学校への行き帰り、梅雨時にはよくカタツムリを見た。
小生は広島市中区の小学校に通っていたが、
その頃の広島市は、まさに「三丁目の夕日」そのものの昭和の風景だった。
家の周りには、土管が置いてあるような空き地がたくさんあったし、
近所の塀には穴が開いていて、そこをくぐり、家と家との隙間を抜け、
近道をして遊びながら学校に通った。
そこには草や木も普通にたくさん生えていて、
カタツムリも塀や葉っぱの上に普通に見つけられた。

今、市街地でカタツムリを見ることはほとんどない。
今住んでいる比較的緑の多い郊外の住宅地にしても、庭のあるわが家にしても然りである。
しかし、ナメクジはよく見る。
これだけナメクジがいるのに、なぜカタツムリはいないのだろう。

そういえば、ダンゴムシはたくさんいるが、ハサミムシはここ数十年、とんと見たことがない。
子供の頃は、植木鉢をひっくり返せば、ダンゴムシと同じくらいハサミムシもいたのだが。
カタツムリやハサミムシは、どこでも見られるごく身近な生き物だったのだけど。

梅雨というか、雨のもうひとつの風物詩は、てるてる坊主である。
子供の頃は、楽しみなイベントを前に、雲行きが怪しい時はてるてる坊主を作り、
軒先にぶら下げたものである。
遠足の前の日には、軒先にてるてる坊主がぶら下がっている家をよく見たものだ。
でも、そういう時は、往々にして晴れた事がなかったように子ども心に記憶している。
てるてる坊主もここ数十年見たことがない。

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てるてる坊主。今の子どもたちは知らないだろうなあ。
ティッシュ…ではなく、ちり紙(この言葉も知らないだろうなあ)を丸めて作るんだ。

低温やけど

昔は、天気予報というと、当たらないものの代名詞だった。
晴れの予報なのに、よく雨が降ったものだ。
そりゃそうだ。気象観測衛星も、アメダスも、スーパーコンピューターもない時代に、
予報官の知識と経験だけで予報していたのだから。

今の天気予報はもう、当たる・当たらないの範疇は超えている。
レーダー画面は誰でも見れ、雨が降る・降らないの予測は時間刻みである。
てるてる坊主が生きる場所はそこにはもうないのである。

では、カタツムリやハサミムシはどうしていなくなったのだろう。
僕たちの目に留まらないだけで、どこかでひっそり暮らしているのだろうか。
生きものの保全というと貴重種と言われるものばかりに目が行きがちだが、
このようなごく身近で身の周りにいた生きものにも目を向けたい。
それは、人々の生活とともにあったからだ。
人々の暮らしを写すものだったからだ。

声高ではないが、じわっとしみる
(これを小生の友人は「低温やけど」と称した)映画「この世界の片隅に」で、
主人公のすずが砂糖壺に寄ってくるアリを「アリコさん」と言っていた。
僕が子供の頃、確かに母も祖母もアリのことを「アリコ」と呼んでいた。
今では「アリコ」という広島弁を聞いたことがない。

身近な生きものの、ひたむきな無邪気さやかわいさに親しみを込める気持ち。
「アリ」という言葉にはそれはない。
逆に、害虫としての嫌悪感、忌避感を感じる。

僕たちは、
身近な生き物に対する親しみの気持ちや愛情を知らず知らずのうちに失い、
その代償として、身近だった生きものはいつの間にかいなくなってしまった。

移り気な僕たちは、少しずつ大切なものを失っていることに気づかず、
低温やけどは、気づかないまま進行しているのかもしれない。

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金沢味紀行~食物多様性へのいざない(2018.6)

いざ金沢へ

ちょうど1年前、去年の6月に金沢に行った。
仕事で行ったのだが、休日をからませて雨の中、金沢を歩き回った。
金沢は、大学時代に友人がいて、
彼の実家に1週間ほどお世話になってあちこち行ったが、
どこへ行ったかもうほとんど覚えていない。

加賀百万石。
江戸の文化が花開いた金沢は、
大工でも茶をたて、謡曲を口ずさみながら仕事をするというほど
庶民の間でも様々な文化が浸透している土地柄だ。
なので、行く前から心ときめかせていた。

ふるさとは遠きにありて思ふもの。
兼六園や金沢城などの史跡や多くの博物館や美術館はもちろんだが、
金沢の魅力は、例によって・・・食べ物である。
今回は、金沢の食べ歩きにおつきあいください。

真実の海鮮丼

金沢で「食べる」といった時に、
まずどうしても欠かせないのが「近江町市場」である。
近江町市場は金沢駅の近くにあって、金沢の重要な観光名所のひとつであるが、
金沢市民から「おみちょ」と呼ばれ市民の台所と言われている場所でもある。
昼飯が近江町市場で食べれるよう昼時に金沢駅に着くように設定し、
到着したその足で近江町市場に向かったのだ。

近江町市場で食べるものといったら、それはもう海鮮丼だ。
あらかじめガイドブックで下調べをして行ったが、これは迷うわ。
どの店の店頭のサンプルや写真も気合が入っている。
てんこ盛りのネタが丼から溢れんばかりにはみ出している。
かなりのお値段のものもあるが、
これはその値段分の価値があることは実物を見なくとも明白である。

市場の中を何度も行ったり来たりした挙句、「井ノ弥」という店に入った。
入ったら入ったで、また迷った。
メニューはどれも目移りして決まらない。
海鮮丼といったって、ベーシックなものだけで
「井ノ弥どん」「ちらし近江町」「上ちらし近江町」「ちらし近江町特盛」とある。
散々迷った挙句、税込2,000円の「ちらし近江町特盛」にした。

小生は、ラーメン屋でも何でも、作っているのが見える席があったらそこに座り、
料理の作業を観察するのが常だ。
幸いにもそんな席に座ることができたので、大将の作業を観察した。
そして、出てくるであろう食べ物の質が高いことを確信した。

大将はその都度、冷蔵庫から冊を取り出し、柳刃で刺身を切り出す。
ブリ、マグロ、サーモンなどなどひとつずつである。
スプーンで掬って盛り付けているカニのほぐし身やイクラは半端な量じゃない。

で、ついに出てきた。
感動である。
何がすごいって、のっている切り身の大きさと厚さがすごい。
一切れ食べるのに3口ぐらいかかる。
「刺身食べたー」という感じである。
見た目の彩は美しいが、
薄い刺身がちょこまかとのっている海鮮丼とははっきり一線を画する。
これぞ真実の海鮮丼。大満足である。

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「井ノ弥」の「ちらし近江町特盛」税込2,000円。ネタの大きさ、厚さは半端じゃない。

近江町市場で金沢を見た

海鮮丼に大満足した後、市場の中をさまよった。
沖縄は那覇の安里市場が典型だが、
地方の「〇〇市場」というところをあてもなく歩くのはとても楽しい。
それは、今まで見たこともないものに遭遇するからだ。
中でも海産物を売る店は要注意である。

九州の柳川で、初めてワラスボやウミタケ、イソギンチャクを見たときはほんと驚いた。
で、ありました。近江町市場にも。
ここの特色は、「その場で食べれる」ということを前面に押し出していることである。
生ウニ、ボタンエビ、ホタテなどが置いてある。
広島でいえば、殻付き生ガキをその場で食べさせるような感じだ。
日本人より外国人が群がっている。
冬になって、カニやブリやタラの白子が揚るようになったら、どういうことになるんだろう。
冬に来てみたいなあ。

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これはいけん。ちょっとお酒が飲みたくなる。

海産物の店は最初から期待していたのだが、想定外の発見は野菜である。
見たこともない野菜を売っている。
「打木赤皮甘栗かぼちゃ」「金時草」「加賀太きゅうり」などとある。
思わずわが家の土産に「加賀太きゅうり」を買い求めた。

店のおばちゃんに「どうやって食べるの?」と聞くと、煮てあんかけにして食べると言う。
中国料理に普通のキュウリを皮を剥いてクリーム煮にする料理があるが、
これはもう冬瓜の食べ方だ。
「金時草」は、まぎれもなく沖縄の島野菜のひとつ「ハンダマ」だ。
ハンダマは、今まで沖縄以外では見たことはなく、
なんで島野菜が遠く離れた金沢に「加賀野菜」としてあるんだろう。

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近江町市場の加賀野菜の店。見たことのない野菜ばっかり。

調べてみると、金沢市農産物ブランド協会が「加賀野菜」として15品目を認定しており、
前述の3種の野菜はいずれも認定種である。
これらはいわゆる「伝統野菜」と言われるものである。
伝統野菜は、栽培上の弱点があったり生産量が少なかったりすることが原因で、
栽培の拡大や流通網にのらなかったものだが、
その地域の風土に育まれ、長い時間かけて育てられた恵みである。

まさに、生物多様性でいうところの「4つの生態系サービス」のうちの一つである
「物質の供給サービス」そのものである。

わが広島にも「広島菜」や「観音ねぎ」だけでなく、
「矢賀ちしゃ」「小河原おくら」「広甘藍」(ひろかんらん)などの伝統野菜があるのをご存知だろうか。

そして、あれ

これらの加賀野菜や新鮮な海産物などの地元の食材を、金沢では「じわもん」という。
加賀百万石の文化は、当然、食文化も深化させた。
金沢の郷土料理といえば、鴨を加賀麩や加賀野菜と煮た「治部煮」や、
カブとブリを麹で漬け込んだ「かぶら寿司」などがあるが、
金沢で郷土料理店に行き、これらを食べるのは、あたりまえだがお金がかかる。
なので、ポケットマネーなら、当然B級グルメである。

で、小生が食べ物の話をするときに必須なのが、そう、あれ・・・カレーである。
金沢にはご当地カレーの「金沢カレー」があるのだ。
今回の金沢食べ歩きの一番の大きな目的は、
ご当地でこの「金沢カレー」を食べることなのだ。

金沢カレーは、ステンレスの皿、具のない色の濃いドロっとしたルー、
千切りキャベツ、ソースのかかったカツがお約束である。
ご飯はこれらに埋もれ、上からは見えない。

金沢滞在中、数店に足を運んだが、
ひとつの地域にこれだけ統一されたカレーがあるというのは特筆すべきことだ。
金沢カレーには「全部のせ」的なメニューが多く、これには驚いた。
トンカツだけでなく、ハンバーグやウインナー、空揚げなどなどが所狭しとのっているのである。
これはもう、食べきれなかった。

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金沢カレーの代表店のひとつ「ゴーゴーカレー」のカツカレー。金沢カレーの典型的なたたずまいだ。

しかし、なぜ金沢というか石川県という限られた地域で独自のカレーが発展したのだろう。
資料によれば、金沢カレーの代表店のひとつ「カレーのチャンピオン」創業者の田中吉和氏が、
昭和30年代にそのスタイルを確立し、弟子たち等によって石川県内に広まったそうである。

カレーという食べ物は、ラーメンと異なり、実は「ご当地カレー」というものはありそうで少ない。
ご当地カレーとは、イノシシとかサザエとか、地域の産物がルーに入っているものをいうのではなく、
作り方やたたずまいが独特のものが小生のいうところのご当地カレーである。

小生が知る限り、ご当地カレーは、
札幌の「スープカレー」、北九州は門司の「焼きカレー」、沖縄の「黄色いカレー」ぐらいである。
ちなみに、呉や横須賀の「海軍カレー」は、小生の中ではご当地カレーには入らない。

カレーといえど侮ってはいけない。
これは「食物多様性」の「物質の供給サービス」を身をもって示すものなのだ。
金沢カレーは、そのエリアで独自に進化し、
限られた地域にだけに見られる希少な地域個体群なのだ。
石川県という生息エリアの中で、メタ個体群を形成しながら遺伝子を継承している。
今のところその絶滅確率は低いが、トキのように野生絶滅とならないよう、
地域で誇りをもって永く愛していただくよう願ってやまない。

金沢には、「金沢おでん」などご紹介しなければならないものがまだまだあるのだが、
紙面が尽きた。
今回は、食物多様性金沢戦略の一端をご紹介した。

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春の野菜から(2018.5)

タケノコ・タケノコ・タケノコ

毎年、自分の持つ竹林のタケノコ掘りに誘ってくれる友人がいる。
一昨年、近所の人に掘ったタケノコのお裾分けをしていたら、
自分も掘りに行きたいというおじいさんが何人かいて、
今年もシルバー軍団を結成し、4月の中頃、タケノコ掘りに行ったのだ。

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4人2時間の戦果はこのとおり。
さあ、家に帰って近所に配りまくるぞ。
そして、その後に待つのは、膨大な量のあく抜き、下茹で・・・

当日の夕飯は、若竹煮に木の芽和え。
翌日の夕飯は、土佐煮に醤油バター焼き。
翌々日の夕飯は、趣向を変えて青椒肉絲に芙蓉蟹。
朝の味噌汁、昼の焼きソバと延々続くタケノコ料理。
下茹でして水を張ったボールいっぱいのタケノコは1週間たってもなくならない。
「季節もの」とはそういうものだ。

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ボールに入らないタケノコはタッパーで塩漬けだ。

アスパラガスは野菜のタケノコだ

春はいい。
わが家は地産地消、旬産旬消。
わが家の畑ではネギやニラが春を待ちかねたように伸び、
サニーレタス、エンドウ、アスパラガスが毎日のように採れる。

そのアスパラガスであるが、
先日息子夫婦が来たので野菜を持って帰れと言うと、
息子の嫁さんはアスパラガスが生えているのを見た事がないと言う。
アスパラガスという植物が、どのような形状をしていて、
いつも食べている部分は植物体のどの部分か知らないと言う。
じゃあ採りに行こうとハサミを持たせて庭に出て、実際に収穫してもらった。
百聞は一見に如かず。
嫁さんはアスパラガスというものの全てを理解したのだ。
アスパラガスは野菜のタケノコなのだ。

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わが家の家庭菜園のアスパラガス。
この芽は、一日で数センチも伸びるんだよ。
この芽をほおっておくと、こんなふうに伸びて、細い葉(本当は茎)が茂るんだよ。
それで地下に養分を蓄え、翌年の春にまたこういうふうに出てくるんだよ。

驚異のズッキーニ

育てている人にとってはあたりまえだが、
畑で生えているところを見たことのない人からすれば、
確かにアスパラガスの全体の形状や、
食べている部分の植物体の中でのたたずまいなどは想像がつかないかもしれない。
そういう意味でいうと、
初めて育ててみてびっくりしたのは、何と言ってもズッキーニである。

ズッキーニは、食用部分の形や食感からは、キュウリとナスを掛け合わせたような感じである。
だから、キュウリのようにツルは伸びないにしても、
キュウリやナスのように茎から食用部分がひとつずつブラリとぶら下がるものだと思っていた。

去年初めてズッキーニを植えてみて驚いた。
まず、ものすごく大きくなるのである。ものすごく場所を取るのである。
植物体は上にではなく、横にこんもりと放射状に大きくなり、
直径は1m近くになる。

加えて、葉っぱはなかなかハードで、表面には棘がある。
何ともまあ、無遠慮で、自己主張の強い姿だ。
そして、食用部分は枝からひとつずつブラリとぶら下がるのではなく、
主幹に放射状につくのである。
隣に植えたピーマンやナスは押しのけられてしまった。

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ズッキーニは放射状に「実が成る」。

マツタケの怒り

元に戻ってタケノコだが、
「季節もの」は採れる時はほんの一瞬だけど、一度にバカみたいにたくさん採れる。
地産地消、旬産旬消とはそういうものだ。

皆さんは信じられないだろうが、子どもの頃、タケはタケでもマツタケがそうだった。
4,50年前は、広島はマツタケの全国一の産地で、
小生も子供の頃、何回かマツタケ狩りに行ったことがある。
あたりまえのように手入れの行き届いた美しいアカマツ林は、もう広島にはない。

秋のその時期は、毎年マツタケをくれる人が何人もいて、
「えー、またマツタケ」とうんざりしたものだ。
走りの初物の頃は七輪などで丁寧に焼き、
湯気が上がるのを「熱い、熱い」と言いながら裂いてスダチなどをかけ、
「秋の香りじゃ」と言いながら父親が食べていたのを思い出す。

しかし、それに続くマツタケご飯が終わる頃にはもういい加減飽きてきて、
最後はいつも量がはけるすき焼きだった。
今から思えば、信じられないような贅沢というか乱暴な食べ方である。
もうマツタケは勘弁してくれぇ。

今ではその時季に料理屋で土瓶蒸しなどを頼むと、
うすーく切られたマツタケが一切れ入っていて、千円以上する。
バカなことだ。
で、思うのである。
食べ物の味と値段とは決して比例しない。

僕は騙されない。
もし、ウニがいつもバカみたいに採れて、イワシがほとんど採れなかったら、
人はウニよりイワシの方が絶対うまいと言うだろう(でも、確かにウニはうまい)。
僕は騙されない。

だけど、僕はズッキーニには騙された。
それは、僕が野菜とはこういうものだと勝手に思い込んでいたからだ。
自ら思い込んで自分の心を縛っていたのだ。
アスパラガスがどうやって生えるか知らなかったお嫁さんを僕は笑えない。

ほんとうのことを見る目

制服とか規則とかは、人を秩序立てているようで、実は人が縛られているのだ。
決められた服を着、決められたルールに従っていれば、何も問題は起こらない。
なぜその服を着なければいけないか、
なぜそのルールを守らなければならないのかを考えたうえでそれに従い(あるいは反目し)、
行動するのは労力がいる。
何も考えずにルールに従う方がずっと楽なのだ。

だからルールは、ただそれに従っているだけの人から考える力を奪ってしまう。
無意識のうちに心の自由が奪われてしまう。
お断りしておくが、ルールを守るなと言っているのでは決してない。
ルールの本質に目を向けようと言っているのだ。

ほんとうにマツタケが美味いか。
ほんとうにウニが美味いか。
周りに流されず、自分を信じ、いつもほんとうのことを見る目を持っていたい。
と思うのである。

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