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見た目は見る目で変わる(2024.4)

生物の分類

ちょっと専門的になるが、
生物の分類の階級は大きなものから、界・門・綱・目・科・属・種である。
例えばアフリカゾウならば、
動物界・脊索動物門・哺乳綱・長鼻目・ゾウ科・アフリカゾウ属・アフリカゾウである。

それぞれの階級内でさらにいくつかの階級がある場合には、下位階級名の前に「亜」をつける。
例えば、アフリカゾウならば、脊索動物門・脊椎動物亜門である。
ここまでは知っていたが、哺乳綱の下に亜綱があることは知らなかった。
哺乳綱にはさらに獣亜綱、原獣亜綱、異獣亜綱に分類される。

獣亜綱は、現存する哺乳類のほぼ全ての種がこの分類群だそうだ。
では、原獣亜綱、異獣亜綱はどんな哺乳類なのか。
原獣亜綱は単孔目のみからなる。すなわち、カモノハシだ。
そりゃそうだよね、カモノハシは哺乳類なのに卵を産むんだもの。

じゃあ異獣亜綱はというと、この亜綱の動物はすべてすでに絶滅したそうだ。
しかし人類よ、奢るなかれ。
異獣亜綱は1億年(10,000万年)以上にわたり哺乳類の中では最も長く栄えたらしい。
人類(猿人)が出現したのは、わずか500万年前だ。

混乱するのは、下位階級には「亜」をつけるが、
階級においてさらに上下の階級がある場合には「上」「下」をつけるというルールがあることだ。

哺乳類は哺乳綱だが、
現存する哺乳類のほぼ全ての種が属する獣亜綱は、さらに真獣下綱と後獣下綱に分類される。

真獣下綱は、現存する哺乳類の多くの種がこの分類群だそうだ。
では、後獣下綱はどんな哺乳類なのか。
後獣下綱はカンガルーなどの有袋類だ。

現存する哺乳類の多くの種で構成される真獣下綱は、
さらに異節上目、アフリカ獣上目、真主齧上目、ローラシア獣上目に分類される。
数十年前から始まった遺伝子分析により、また解剖学の発達により、
これらの上目の存在が明らかになったという。
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哺乳類(哺乳綱)の系統分類。亜綱や下綱、上目の名称は聞いたこともないものばかりだ。

地が裂けて仲間が決まった

プレートテクトニクス―すなわち大陸移動説―によれば、
今から2億数千万年前、地球の陸地はただ一つの超大陸「パンゲア」だった。
それがローラシア大陸とゴンドワナ大陸に分裂し、
さらにローラシア大陸はユーラシア大陸と北アメリカ大陸に、
ゴンドワナ大陸は西ゴンドワナ大陸と東ゴンドワナ大陸へと分裂した。
そして西ゴンドワナ大陸はアフリカ大陸と南アメリカ大陸に分裂し、その間に大西洋が成立した。

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大陸の分裂状況。パンゲアの分裂は2億年前頃から始まった。
さらに1億数千年前、西ゴンドワナ大陸はアフリカ大陸と南アメリカ大陸に分裂した


真獣下綱の4つの上目は、この大陸移動と深い関係がある。
異節上目は分裂した南アメリカ大陸を、
アフリカ獣上目は分裂したアフリカ大陸を起源とするものである。
真主齧上目とローラシア獣上目は姉妹群で、ローラシア大陸を起源とするものである。

たとえばアフリカ獣上目は、そのほとんどがアフリカにのみ生息する。
西ゴンドワナ大陸が1億年前にアフリカ大陸と南アメリカ大陸に分裂して以降、
アフリカは他の大陸と繋がっていなかったからだ。

わけてつなげて

先月の本コラムでは、特別展「和食」を国立科学博物館でやっていたことをお伝えしたが、
その後の特別展は「大哺乳類展3」である。
そしてそのキャッチフレーズは、「わけてつなげて大行進」である。
「わけてつなげて」とはどういうことか。
「わける」とは即ち分類である。「つなぐ」とは即ち系統である。
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資料:国立科学博物館ホームページ

では、分類と系統はどう違うのか。
ざっくり言うと、分類は、ある特徴(形態)をもとに生物をグループ分けしたものである。
系統は、生物が進化してきた道筋を示したものである。
しかし、分類には「系統に基づく分類」と「形態に基づく分類」があるというからややこしい。

分類とは、形態をもとに生物をグループ分けすることではないのか・・・今まではそうだった。
しかし、遺伝子分析の登場により、
DNAの塩基配列による系統関係に基づく分類―系統分類―が始まった。
そして、2つの分類には違いも見られるようになった。
「系統分類」とは、ざっくり言うと進化の道筋を考慮した分類である。

ゾウとジュゴン

アフリカゾウに戻ろう。
「大哺乳類展3」のハイライトは、
200種類もの哺乳類の剝製が一堂に会する「哺乳類大行進」だそうだ。
大行進では、動物たちはグループごとに並んで行進しているそうだ。

パンフレットを見ると、ゾウの横にはジュゴンがいる。
ゾウとジュゴンは同じグループ?
海獣のジュゴンは、アザラシやオットセイに近いんじゃないの?と調べてみたら、
ジュゴンはジュゴン目(海牛目)、アザラシとオットセイは何と!ネコ目(食肉目)だ。
知らなかった。アザラシやオットセイはネコなんだ。

ジュゴン目(海牛目)をよく調べてみると、アフリカ獣上目とある。
一方、ゾウをよく調べてみると、アフリカ獣上目・長鼻目とある。
ゾウとジュゴンは同じアフリカ獣上目、仲間同士だったんだ。
しかも、アフリカ獣上目の中でもゾウとジュゴンはテティス獣類という同じ分類群で、
長い鼻やヒレなど見た目は全く違うけど、目の穴(眼窩)の形などよく似ているそうだ。

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どう見てもゾウの仲間には見えない。いや、ちょっと似てるか。三重県・鳥羽水族館のジュゴン。

見た目は同じようでも別の仲間。
見た目は全然違うけど同じ仲間。
見た目は生き方で変わる。
見た目は見る目で変わる。

| コラム | 10:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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和食とシイタケが教えてくれた(2024.3)

「和食」のユネスコ無形文化遺産登録

平成25(2013)年に「和食;日本人の伝統的な食文化」がユネスコ無形文化遺産に登録された。
そのいきさつをテレビでやっていた。

日本では平成23年から登録に向けての検討をはじめ、
和食といえば会席料理でしょうということで、
まずは京都府の無形文化財に「京料理・会席料理」を指定し、
その保持者としてかの有名な料亭「瓢亭」の料理人を認定した。
京都市も「京の食文化」を「京都をつなぐ無形文化遺産」に認定し、府の動きを後押しした。

しかし、日本に先行して活動し、
ユネスコの登録がほぼ確実視されていた韓国の宮中料理が落選した。
宮中料理はいかに豪華であっても国民の幅広い参画と同意を得ているものではない
というのがその理由だったそうだ。

京都の料亭を中心にして動いていた検討会は、それを聞いて方向転換した。
高級な会席ではなく、正月のお節料理を前面に掲げたそうだ。
正月という決まった時に、国民のほぼ全員が一斉に食べる
―国民の幅広い参画と同意を得ている―というコンセプトを前面に押し出したのだ。

そして、キムチの「キムジャン文化」に方向転換して申請した韓国と一緒に
平成25年12月にめでたく登録が決まったのである。

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和食がユネスコに登録された2013年以降、海外における日本食レストラン数は4年間で約5.5万店(2013年)から11.8万店(2017年)へと2倍に増加した。
資料:農林水産省ホームページ


所管する農林水産省によれば、「日本人の伝統的な食文化」とは、
「『自然を尊ぶ』という日本人の気質に基づいた『食』に関する『習わし』」と説明している。
そして「和食」の特徴として、次の4つをあげている。
 ➀ 多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重
 ② 健康的な食生活を支える栄養バランス
 ③ 自然の美しさや季節の移ろいの表現
 ④ 正月などの年中行事との密接な関わり

小生としては、それに加えて「⑤ 様々な食文化との融合」をあげてほしかったな。
次項でご紹介する特別展「和食」では、
12の料理について和食かどうか尋ねるリアルタイムアンケートというのがあって、
「Yes」と答えた人が多かったのは多い順に、
すき焼き、お好み焼き、あんパンで90%以上の人が「Yes」である。

逆に「No」と答えた人が多かったのは多い順に、
焼き餃子、カステラ、オムライスで、70%以上の人が「No」である。

カレーの「Yes」61%とラーメンの「Yes」59%は少し少ない気がする。
小生に言わせれば、カレーもラーメンも、もはや世界に誇るべき完全な和食である。
あと、ラインナップにトンカツも入れてほしかったな。

うまみ

そんな中で、東京は上野の国立科学博物館で特別展「和食」をやっていることを知ったのだ。
期間は2月25日まで。
これは行かなきゃ、早く行かなきゃと思っていたのだが、
多分今年最後の東京出張が2月上旬にあったので、有休をとってスケジュールを伸ばし、
1日半かけて「かはく」に行ったのだ。

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「かはく」展示の後、全国を巡回展示することを知ったが、広島には来ない。行っててよかった。

2,000円の入場料からもその広く深い内容が伺い知れるが、
特別展「和食」は、期待どおりのものだった。
まず最初のコーナーのテーマは、「和食とは」だった。
そしてそのハイライトは「うまみ」だ。
僕はもうここでノックアウトされてしまった。

従来、人の「基本的な」味覚は甘・辛(塩辛い)・酸・苦の4つと言われていたが、
これに「うまみ」を加えたのが日本人だ。
今、「基本的な」と言ったのは、
これらの味はほかの味を混ぜ合わせてもつくることのできない独立した「基本味」だからだ。

長い人間の歴史の中で、5番目の「基本味」があることに気づいたのがすごい。
それに気づいたのは日本人で、だから「和食」はすごい。
「うまみ」は英語で書いても”UMAMI”だ。

西洋料理には「うまみ」はないのかというと、そうではない。
昆布のグルタミン酸は、トマトやアスパラガス、ブロッコリーにも多く含まれる。
鰹節のイノシン酸は牛肉や豚肉、鶏肉にも多く含まれる。
西洋人はそれに気づかなかったのだ。

西洋料理の基本的なソースであるブイヨンやフォンドボーは、
獣骨や香味野菜を煮込んでダシを取る。
それらにはうまみ物質であるグルタミン酸やイノシン酸が多く含まれ、
複雑で深いうまみがある。
しかし、「うまみ」が基本味であることには気づかなかったのである。
なぜ、気づかなかったのか。

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フォンドボーの極み、デミグラスソース、ビーフシチュー。
こんなに深く複雑な味なのに、どうして西洋料理では「うまみ」に気づかなかったんだろう。


西洋料理や中国料理ではバターやラードなど、動物性脂肪が重要な役割を果たす。
僕は、バターは油というよりも調味料だと思っている。
東坡肉(豚の角煮)を食べれば分かるが、豚の脂には味がある。

明治になるまで家畜を食べなかった日本では、昆布や鰹節で出汁をとって料理を作った。
そして、昆布出汁と鰹出汁をあわせれば、1+1が3になることを体験的に知っていたのだ。
「うまみ」は日本人にしみ込んでいたのだ。

海と山に季節に応じた多様な食材があり、動物性脂肪でごまかすことがないから、
食材そのものが持つ味を味わうこと、
そのために出汁の力を借りることを毎日の食で紡いできた。
日本人の日々の食は、まさに無形文化遺産なのだ。

昆布のグルタミン酸と鰹節のイノシン酸に続くのは、シイタケのグアニル酸である。
シイタケと言えば大分。
ユネスコの無形文化遺産ならぬ世界農業遺産が大分にあるのだ。
そしてその中心にあるのがシイタケなのだ。
しかも、世界農業遺産に登録されたのは和食のユネスコ登録と同じ2013年。

特別展「和食」の訪問と前後して、たまたま機会があり、
大分の国東半島に世界農業遺産の視察に行ったのだ。

国東のクヌギ林より

大分の世界農業遺産のテーマは、
「クヌギ林とため池がつなぐ国東半島・宇佐の農林水産循環」だ。
これはある意味すごいテーマだ。
日本の農業、いや、日本の社会全体の問題を大上段に振りかぶっている。

クヌギ林、ため池とくれば、これはもう典型的な二次林、里山、中山間地域だ。
国東半島宇佐地域世界農業遺産のパンフレットには、
「森の恵み しいたけの故郷」と大きな字で印刷されている。

クヌギ林とは、もっと言えば薪炭林だ。
昭和30年代からの高度成長期に起きた燃料革命で薪炭林は死語になり、
それとともに手入れされた明るい落葉広葉樹林は文字通りの雑木林になり、
西日本ではぐちゃぐちゃの竹藪混交林になってしまった。

平成に入ると少子高齢化で手入れする人はおらず、里山は荒廃していった。
中山間地域では、荒廃どころか限界集落から廃村に向かわんとする集落も多い。
そんな中で、クヌギ林とため池を大上段に、前面に打ち出した世界農業遺産である。

国東では、廃校を活用した七島藺学舎で、
国東半島宇佐地域世界農業遺産推進協議会の林会長からレクチャーを受け、
クヌギ林の現場を案内してもらった。

クヌギは根元で切られ、萌芽が始まっていた。
薪炭林は、萌芽から伐採まで15年程度で回していく。
その実際の場面が見られるのは貴重だ。

隣のエリアでは、山の斜面にほだ木が伏せ込んであった。
ほだ木は結構重く、伏せ込みも全部人力だそうだ。
伏せ込みに際しては、伏せ込む斜面の上からほだ木を落とし込む。

シイタケは物理的な衝撃が発生のきっかけとなることは小生も知っていた。
なので、伏せ込む時は、ほだ木を斜面の上からがたがたと落し、
それを規則正しく組んでいくそうだ。
伏せ込み方もいろいろあって、崩れないよう、かつ取り込みやすいよう組むそうだ。

原木の玉切りから始まって、駒打ち、その後のほだ場への移動など、
シイタケ栽培の一つひとつの作業が大変な重労働だ。

しかし、これだけ手入れされたクヌギ林は見たことがない。
農業遺産だが、植生遺産というものがあったら是非指定してほしい。
人の営みによって維持されてきたかけがえのない二次林。
そしてそこに生育・生息する生きもののつながり。
生態学や植物社会学で習うまさにその典型的な、本物の二次林がそこにはあった。

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ほだ木の伏せ込み。ほだ木を組み、直射日光が当たらないようその上に切ったクヌギの枝をかぶせてある。

林会長のレクチャーは、少子高齢化の話から始まった。
そうして小中高校生への環境学習の話で終わった。
命を、農業を、自然を、次の世代につないでほしい。
世界農業遺産の指定に向かって努力した人たち、
そしてそれを日々実践して維持している人たち。

和食とシイタケ。
「うまみ」を知る日本人なら、
海と山の季節に応じた多様な食材と人の手でつくり育てた林を大切にする日本人なら、
自然の中で人間はどうあるべきか、ほんとうのものは何か、
謙虚な心で感じるものであってほしい。

| コラム | 11:04 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「豊か」ということ・「足りている」ということ(2024.2)

東京にて

昨年、何度か東京に行った。
汐留で会合があり、そのついでに在京の人に汐留のタワーマンション群を案内してもらった。
彼女はそのうちの一つのマンションを仕事場としているので、
マンション入り口のテンキーを解除できる。

それはまるで照明のないホテルの廊下だった。
閉ざされた暗いひんやりした空間。
人っ子一人いない。自然はもとより、生活の香りがしない。

彼女の説明によれば、再開発で建ったので、元の住民は優先的に入居できたのだそうだ。
ということは、子どものいる家族もあっただろう。
しかし、子どもの時からこんなところに住んで、
「近所」なんてなく、学校以外の誰とも会わず、外で遊ぶこともなく、
毎日一人で閉ざされた空間を行き来するだけだ。
この子はどんな子になるんだ。この子の未来はどうなるんだ。
僕は嫌だ。絶対こんなところには住みたくない。

「向こうに見えるのがレインボーブリッジで、あそこに見えるのがオリンピックの時の選手村よ」
という彼女の声を聞きながら、
いつか建て替えの時期が来るこのタワーマンション群の、
そこに住む子供たちの未来のことを思った。

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汐留から浜松町にかけてはタワーマンションが林立している。
小生が学生だった頃は小さなビルと民家と倉庫だったのに。
浜松町では高さを誇ったあの貿易センタービルが解体中だった。


16年後の日本

年が明け、新聞ではこれからの日本を展望し、その未来を憂う記事が多い。
曰く、「縮減社会」「八がけ社会」・・・
その未来は、あらゆることがどうにもならなくなっている全く不都合な社会だ。

ことの発端は、
リクルートワークス研究所が発表した「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」だ。
そのシミュレーションによれば、
16年後の2040年には、1100万人余の労働供給が不足するという。
これは現在の近畿地方の就業者数が丸ごと消滅する規模だそうだ。

16年後なんてすぐやってくる。
それは産業・企業視点からの単なる人手不足ではなく、
「生活を維持するために必要な労働力を日本社会は供給できなくなる」ということだという。

「生活を維持するために必要な労働」とは、一番わかりやすいのは行政サービスだ。
ごみやし尿の処理、水道などのライフライン、警察や消防の仕事、道路や川の維持管理などは
人口が減っても減らすことができない基幹サービスだ。
この基幹サービスを担う人材が縮減する。

これらを担う地方公務員は、2040年には必要な数の8割になるという。
昨年度に実施された職員採用試験では45都道府県が採用予定数割れだったそうだ。
既にそれは始まっているのだ。

自治体の環境関係の仕事をしていると、最近多くの自治体で問題になっていることがある。
それはごみの戸別収集である。
高齢者や障がい者が歩行困難になり、自分ではごみステーションまでごみを出せなくなったため、
戸別収集を実施するというものである。

戸別収集は、自治体にとってはごみ処理経費の増加という形で跳ね返ってくる。
そして、高齢者は年ごとに増えていくのである。
人口が少なく、行政面積が広い自治体では、特に切実である。
高齢者は行政区域内に広く散らばる小さな集落に住んでいる。
集落を回ること自体が既に大変なことなのである。
そして、地方公務員は減り続けるのである。

基幹サービスは行政が担うものばかりではない。
交通や運送、電気や郵便、医療や介護など民間が担うものはより厳しい現実に直面する。
直接的な影響の後には、さらに追い打ちをかける事態が待っている。

これまであたりまえのように受けることができた基幹サービスのいくつかは
各自が時間を割いて対応せざるを得ないようになり、
そのために今まで問題なく送れていた生活が破綻し、仕事どころではなくなってしまう。
何とも惨憺たる未来である。

横浜にて

東京に行ったついでに横浜に行く。
横浜周辺には、かつて東京で勤めていた時の同僚や、高校の同級生がいるのだ。
いつもの野毛で飲む。

同級生の一人がグチる。
彼はマンションの管理組合の世話役をしている。
マンションは築数十年で補修が必要なのだが、組合の意見がまとまらない。
みんな自分の事情ばかりで共同体としての意見がない。
そもそも組合の会合に出てこない住民も多い。
昨日も会議とは名ばかりのケンカをしてきたと言う。

彼の悩みはもう一つあって、それは彼の息子の家を買いたいという相談だ。
上記のような状況もあって、彼の息子はマンションではなく戸建てを買いたいのだそうだ。
「それはいいじゃないか」と言うと、「それがね・・・」と続ける。

「買いたい家というのが品川で、たった18坪しかないのに8千万なんだよ」
「なんじゃそりゃ!」
生涯かけて夫婦で働いた対価が18坪か。
何かが間違っているんじゃないか。

先の「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」では、
東京都を除く全道府県で労働供給不足になるとしている。
そしてこう続ける「東京は日本の大きな社会課題から切り離された状態となり、
特にホワイトカラー層は課題を早期に認知することが難しいかもしれない。
そのことが日本の政治・経済における労働供給制約への議論を阻害するおそれがある」と。

知足

横浜に行った時、かねて見残していたいくつかの博物館に行った。
ひとつはみなとみらいにある横浜みなと博物館、もう一つは本牧の八聖殿である。

横浜みなと博物館では、
黒船来航から横浜開港までの歴史をマルチビジョンの映像で紹介していた。
ハイライトはペリーの要求を老中阿部正弘が理路整然と拒む場面である。

ペリーの要求は、開港と通商条約の締結の2点だった。
幕府側は、開港は同意したものの通商条約の締結は拒んだ。
ペリーの主張とアメリカ大統領の親書の内容の齟齬をついたのだ。
幕府はこの時既に清がアヘン戦争で敗れたことを知っており、
通商条約を結んで予期しないものが持ち込まれることを恐れたのだ。
この時のセリフは、
「わが国には、わが国だけで生きていけるものがある。新たに外からのものは必要ない」だった。

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横浜みなと博物館は、みなとみらいのシンボル日本丸のすぐ横にある。

一方、本牧の八聖殿では、
本牧が横浜の海の入り口にあたる漁村であったため、
ペリーの艦隊の一員が当時の本牧の様子を書き残したものを紹介している。

それによれば、「この国の人々の家や着ているものは粗末でみすぼらしい」と記している。
まさにイザベラ・バードの「日本奥地紀行」の世界だ。
しかしその後、こうも記している。「しかし、彼らはとても幸せそうに暮らしている」
そして村人たちに「あなたたちは、もっといろいろなものが欲しいだろう?」と聞いたら、
「必要なものはすべてあり、楽しく暮らしているので、自分たちはこれでいい」と言ったそうだ。
まさに「足るを知る」だ。

これからの日本に必要なもの

少し静かに考えてみよう。
これからの日本に必要なものは何か。
逆に言うと、ないと困るのに足りていないものは何か。
石油か?天然ガスか?レアメタルか?
それは、まず第一は、食料じゃないか。

「安全保障」という言葉が好きな人に聞いてみたい。
「安全保障」とは、有事に備えて準備しておくことだろう。
もしもの時、絶たれると困るものを確保しておくことだろう。
絶たれると困るものはいろいろあるが、何より食料じゃないのか。

わが国の食料自給率は、さすがに米は94%だが、小麦は16%、大豆に至っては6%である。
(受給率はいずれも令和元年度の重量ベースの値)
今や日本食と化したラーメンをはじめ、そば、うどんの材料は84%輸入に頼っているということだ。
和食に必須の味噌、醤油、豆腐、納豆の材料は94%輸入に頼っているということだ。
もし小麦と大豆を締め上げられたら、僕たちの食卓はどうなるんだろう。

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納豆に醬油をかけて豆腐の味噌汁・・・これぞ和食
しかし、それらの材料の大豆は、94%輸入なのだ。

一番大事にしなければならないのは「農」ではないだろうか。
では、「農」を担っているのは誰だ。
日本の大きな社会課題から切り離された東京以外の地方じゃないのか。

数だけで決める民主主義は正しい進路を示すことができるのだろうか。
人口だけで考えると地方は今後も合区が続き、東京選出の議員だけが増える。
そんな人たちばかりでは、課題を早期に認知することはますます難しい。

僕たちにできることは何だろう。
「農」を「豊か」にするということは、地方を「豊か」にするということだ。
山や川、森や田んぼといつも関わり合うということだ。

「豊か」というのは「足りている」以上のものを追うことではないだろう。
「豊か」というのは「足りている」ことを知っていることじゃないかな。
「足りている」ことを知らないから、「豊か」になれないんじゃないかな。
そして、本当に「足りていない」ものを手当てしなければならない。

僕たちは、労働供給制約下で
持続可能で「豊か」な社会を作ること真剣に考えていく時を迎えているんだ。

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おでんから宇宙が見える(2024.1)

魔法のおでん

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

お正月で久しぶりに家族が揃い、
大勢じゃないと楽しくない鍋や手巻き寿司で食卓を囲まれた方も多いのではないだろうか。
小生の家では、以前、正月はそんなものや刺身を食べながら、
サイドメニューとしておでんを作っていた。
おせちに飽きたものは適宜おでんをつまむという作戦だ。
おでんはいつでも好きなネタをちょこっと食べれる。

正月じゃなくても、夕食がおでんだと、必然的に翌日の朝ごはんのおかずはおでんの残りであり、
昼の弁当のおかずもおでんとなる。
翌日以降は具は減るが汁は残るものだから、
竹輪やさつま揚げなど冷蔵庫にあった練り製品を新たに投入し、
食べると増える魔法のメニューと化す。

結局、最後は汁はスープに、卵や練り製品はトッピングとなって、
休日の朝食のうどんと化してめでたくおでん週間は終わるのである。
この冬ももう何回おでん週間を過ごしただろう。

おでんは元々いわゆる田楽であり、豆腐やこんにゃくに味噌を塗って焼いたものが発祥である。
丁寧語の「お田楽」からなぜか「楽」が抜け落ち、「おでん」と言われるようになったそうである。
小生が子供のころは「おでん」とは言わず「関東煮(かんとうだき)」と言った。
関東煮という名前から、この食べ物は関東からもたらされたものだと思っていたが、
汁の色は薄くダシが効いていて、関東由来の食べ物とは思えなかった。

大きくなって関東の大学に行き、かの地のおでん屋でおでんを食べた。
それは関東らしい醤油の効いた黒くかつ甘い汁だった。
これこそが関東煮だと思った。

コンビニを中心に、今「おでん」といえばダシが効いた色の薄い汁が主流だ。
関西で「関東煮」と呼ばれていたものが、どうやら「おでん」として関東に逆移入されたようだ。
ちょっとこんがらがるね。
やっぱりおでんには魔法がかかっている。

おでんの想い出

かくのごとく、おでんにはルールがあるようでない。各地で様々なおでんに遭遇する。
ネタで言えば、広島ではダシ取りを兼ねた重要なネタは牛スジである。
トロトロになったスジ肉はもう、たまらん。

関東で初めて遭遇したネタは「ちくわぶ」である。
小麦粉の塊を醤油で煮たというのが偽らざる印象である。
大阪の「さえずり」。
「さえずり」は鯨の舌である。道頓堀の「たこ梅」にこれを食べることだけを目的で行ったことがある。
「金沢おでん」の車麩やバイ貝もいいんじゃないかな。
ちなみに近県では、「松江おでん」が秀逸である。
まだ食べたことがなく、一度食べてみたいのが「静岡おでん」である。
噂に聞く黒い汁と黒はんぺん。とにかく一回行かんといけん。

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金沢おでん。
左は出し巻きと車麩。おでんネタで出し巻きは金沢で初めて見た。
右はおでんと並ぶ人気メニュー牛すじ煮込み


あと、おでんではないが京都は大原三千院の「初午 大根焚き」である。
数年前の2月、雪の中を大原に行った時のことである。
三千院の不動堂の前で何かやっている。聞けば、大根焚きの無料接待だという。
大きな鍋で輪切りにした大根を煮ているようだ。小生も列に並んで椀と箸を受け取った。
丼ではないかという大きさの椀に輪切りになった大根が一切れ。
でかい。なんて大きな大根だろう。
大原の畑で有機農法で栽培された大根だというが、こんな太い大根見たことがない
雪の三千院の忘れられない思い出である。

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大原三千院の「初午 大根焚き」。直径15cmぐらいあろうかという大根だ。

沖縄は那覇の桜坂あたりの看板も何も出てないただの民家のようなおでん屋に
現地の後輩(但しヤマトンチュー)に連れていってもらったことがある。
小生と同じようにお酒の好きな彼は小生の好みをよく知っていて、
観光客の行かないディープな飲み屋に連れて行ってくれるのだ。

その店はおばぁが一人でやっていた。
他に客はいない。カウンターに座った。彼は店とは顔なじみだ。
おばぁが小生に「ヤマトンチューか?」と聞く。「そうだ」と答える。
「食べれない物はないか?」と聞く。「ない」と答える。おばぁがにやっと笑った(ように見えた)。

鍋の中から何やらネタを取り出して皿に入れ、小生の前にどーんと置いた。
テビチ(豚足)だ。
しかし、その辺で見るようなテビチではない。
その辺で見るテビチは手首(足首?)から先だ。目の前のテビチは肘(膝?)から先だ。
「おー!」コラーゲンの塊がばらばらの骨になるまでむしゃぶり倒した。
今まで食べたおでんの中で、ヴィジュアルも味も最高のネタだった。

△〇□

おでんと言えば、チビ太である。
チビ太は小生が敬愛してやまない赤塚不二夫の「天才バカボン」と並ぶ名作
「おそ松くん」に登場するキャラである。
チビ太はイヤミと絡みながらいつも手におでんを持っている。
串にささったそれは、上から△〇□の形をしている。

赤塚不二夫によれば、これは上から順にコンニャク、ガンモ、ナルトだそうである。
小生はずっとコンニャク、大根、竹輪と思っていた。
ちょっと違和感があるのが最後の□のナルトである。
なぜかというと、ナルトはここ広島ではおでんネタではないというか、
ナルト自体を料理であまり使わない。
ナルトは東京ラーメンの定番のトッピングだが、なぜこんなものがとも思う。

しかし、ナルトは静岡おでんのご当地ネタである。
なぜならナルトは焼津が全国一の産地だからだ。
でも赤塚不二夫と静岡には接点はない。

△〇□といえば、わが広島にちょっと順番が違うが「株式会社△□〇」という会社がある。
本当に「△□〇」という社名なのだ。冗談ではないのだ。
看板や広告で見かけた人もあるかもしれないが、パーテションなどを作る会社だ。
△□〇は「みよまる」と読む。読み名は図形の辺の数に由来するそうだ。

会社HPによれば、会社を設立して社名で悩んでいた時、何気なく身近なものを見渡していると、
「あの屋根は△、あの窓は□、人の顔はまん〇」という「大発見」をし、
△□〇=世の中=宇宙との思いに至って命名したそうだ。
何か「三方よし」やCSR(企業の社会的責任)の崇高な香りさえ感じる。
これでいいのだ。

チビ太のおでんの△〇□で、前から思っていたことがある。
それは五輪塔である。
五輪塔は主に供養塔や墓として使われる石や木でできた塔である。
五輪塔は下から四角、丸、三角半丸、宝珠の形を積上げ、
それぞれ宇宙の構成要素である五大、すなわち地・水・火・風・空になぞらえられる。

五大のうち、地・水・火を三大という。
チビ太のおでんは△〇□の積上げ方やバランスが美しい。
チビ太のおでんは宇宙の根源を表す三大なのである。
恐るべし、チビ太。そして赤塚不二夫。
おでんはこれでいいのだ。

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チビ太のおでん(左)と五輪塔(右)

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福有りの里(2023.12)

不思議の木「イチョウ」

秋も深まり、あちこちでイチョウの黄色い炎が見られるようになった。
山間部で車を走らせていると、「ああ、あそこにお寺があったのか」と、黄色い炎が教えてくれる。

イチョウは不思議な植物である。
まず、イチョウは分類学上、一綱、一目、一科、一属、一種というたぐいまれな生きものである。
そして広葉樹でもなく針葉樹でもない。
誰一人仲間はおらず、たった一人ぼっちの植物なのだ。
たった一人で1億5千万年もの間、形を変えずに生きてきた「生きる化石」なのだ。

次の驚きは、イチョウには精子があるということだ。
これは大学生の時、野外実習で東京の小石川植物園に行ったとき初めて聞き、ぶっとんだ。
植物(種子植物)に精子があるのかと。

精子というと動物のものと普通思われると思うが、
コケ類やシダ類などの原始的な植物には精子があり、鞭毛で泳いで受精するのだ。
それらより進化した種子植物である裸子植物のイチョウに精子があるとは。

種子植物では、花粉が雌しべの頭につくと花粉管をのばして雄の細胞を卵に届けて受精する。
イチョウなどの裸子植物では、雄しべや雌しべで構成される花はなく、
種子の元となる胚珠がむき出しになっている。
イチョウでは、受粉した雌花は花粉を一旦花粉室に入れ、数か月かけてそれを精子に育てる。
精子は鞭毛で泳ぎ回り、胚珠の中の卵に到達して受精する。

というような解説付きの野外実習をなぜわざわざ小石川植物園でしたかというと、
イチョウの精子が発見された樹が、まさに目の前にあるイチョウの樹だからなのだ。
そしてそれは平瀬作五郎という日本人によってなされたのだ。

余談だが、イチョウなどの裸子植物には実はできない。
しかし、イチョウにはギンナンがなるではないか。
ギンナンのあの臭いぶよぶよした黄色い部分は実ではなく、種を覆う皮なのだ。
裸子植物であるイチョウには実はできず、ギンナンという種ができるのだ。

雄木の悲しみ

このようにイチョウは雌雄異株である。
雌木にはギンナンという恩恵があるが、雄木には何もない。
たぐいまれな精子を持つだけだ。
それ故か、イチョウの雄木には悲しい伝説を持つものがある。

市の天然記念物に指定されている島根県江津市有福の「上有福のイチョウ」がそれである。
推定樹齢千年、樹高12m、幹周10m、有福八幡宮の御神木「銀杏大明神」であるこのイチョウには、
次のような伝説がある。

神代の昔、天の神様が雄雌二粒の種子を落とし、雌木の生えた所を都にするといわれたが、
この木は雄木だった為に種の落ちた有福は都になれなかった。
では、もう一粒の雌の方はどうなったか。
雌の種は京都の西本願寺に落ちたそうである。
言うまでもなく京都は千年の都である。
そして実際に西本願寺には確かにイチョウの大木があるそうだ。

この話には続きがある。
都になれずがっくりしている雄イチョウを見て神様は、
「華やかな都が幸福とは限らない。
豊かな自然に囲まれ静かに暮らしていくことに本当の福が有るのだ。」と言ったそうだ。
それ以来、この地を「有福」と呼ぶようになったという。

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上有福のイチョウ。根元には「銀杏大明神」の祠がある。
泣くな雄木よ。君のおかげでここには本当の福が有るのだ。


福有るはずだったのに・・・

有福温泉は山陰の伊香保といわれる。
川筋の傾斜地に旅館や外湯が立ち並び、
その間を細い階段の小路で巡っていくのはまさに伊香保の趣だ。
登ったり下ったりの小路の途中には、
大正浪漫の御前湯、小さな薬師堂、湯の町神楽殿、善太郎餅本店などがあり、
こぢんまりとしているがレトロな風情があった。

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山陰の伊香保・有福温泉のたたずまい。
正面右のアーチ状の窓が御前湯、正面左の石州瓦の建物が湯の町神楽殿。


今、「レトロな風情が『あった』」と書いたのは、今はもうないからだ。
ほとんどの旅館は空家か改装中である。
どうしてこんなふうになっちゃったんだ。
その昔、神様から「福有り」と寿がれた有福だが、近年の有福は福どころか「有災」続きだった。

過疎化・高齢化とレクリエーション活動の変化、
加えて平成22年の大火災、平成25年の豪雨災害により、
最盛期は20軒近い旅館があったものが、平成29年には3軒だけになってしまった。
寂れる→客が来ない→施設の劣化・サービスの低下→ますます客が来ない という、
温泉街の地盤沈下の典型である。

仕事で毎年結構島根に行く小生は、
年を追うごとにどんどん寂れていく有福温泉のあり様にずっと心を痛めていた。

今時、普通の温泉旅館に泊まれば1泊2食付きで安くても1万5千円だ。
ビジネスホテルなら5千円で泊まれるのに。
固定費抑制のため平日は営業していない、
施設は古い、トイレはウォシュレットじゃない、フロントに人はいない・・・

「当館の魅力は温泉と海の幸・山の幸です」―供給側が考える売り「プロダクト・アウト」。
「安くて便利でそこにしかない魅力があって」―需要側が求める価値「マーケット・イン」。
客商売であれば、売り手の理屈ではなく、買い手の要求に応えるべきだろう。
かつて斬新で高性能なモノを作れば売れたわが国のプロダクト・アウトの成功体験は、
売る側の独りよがりのプライドだと気づかないまま社会は成熟し、
気づいたときにはそれを一方的に押し付けられた消費者のマインドはもうそこにはなかったのだ。

福有りの里 再び

有福温泉の再生は令和3年度に始まった。
観光庁などの補助により、空家や既存旅館の改修が進められている。
そのコンセプトは温泉街全体をあたかも一つの宿としてとらえる「まるごとホテル」だそうだ。
すなわち、食事はレストランのお店で、神楽は神楽殿で、
自然体験、農業体験、工芸体験、料理体験・・・
そして、「何もしない」・・・ができる場所をホテルの中(まちの中)につくる。
人が求めているもの(マーケット)をつくる(イン)。
令和3年10月に温泉街の中心に温泉街の食を担うレストラン「有福ビアンコ」が開店した。

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温泉街の中心にできた「有福ビアンコ」は福有るまちの新たな中心だ。

温泉街の建物は今、あちこちでシートや足場がかけられ改装中である。
これは風景を阻害するものではなく、明日への脱皮のための蛹の姿なのだ。
上有福のイチョウよ、安心してくれ。
これだけマーケット・インの思いを込めて人々が打ち込んでいるんだ。
神様が言ったように、本当の福はきっと有るのだ。
ブルーシートの蛹が美しい蝶になって飛び立つのはもうすぐだ。

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有福温泉街の全貌。シートや足場やクレーンは蝶になる前の蛹の姿だ。

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