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30年後にBack to the future!(2016.8)

今年は、どうもおかしい

今年は、どうもおかしい。
梅雨が明けたというのに、まだウグイスが鳴いている。
鳴き込んだせいか、声も大きく、節回しも鋭く、ホロースルーも長い。
しかも、林ではなく、家のすぐ近くで鳴いている。
一方で、梅雨時を象徴するあの「ケッキョケキョキョキョ」のホトトギスの声をとんと聞かない。
5月の終わりごろ初鳴きを聞いたのみで、その後、全く聞かない。

セミもおかしい。
例年なら、梅雨明けの頃はもうジージー、シュワシュワうるさいのだが、
今年はいることはいるが、圧倒的に少ない。
しかも、夏の終わりを告げるヒグラシがもう鳴いている。
ウグイスとヒグラシを同時に聞くなんて、初めての経験である。

家庭菜園をやっている人はみんな、今年はタマネギの出来が悪いという。
玉が太らず、小ぶりなものしかできないそうだ。
野菜の卸をやっている知人の女性によれば、
今年のタマネギはべと病が流行して未だかつてないぐらい最悪だそうである。
入荷量も少なく、小ぶりで痛みが早い。
主産地の北海道ものが出回り始める夏以降まで待たないと今年はダメだと言う。
彼女が言うに、買ったタマネギは、皮をむいて冷蔵すれば痛むのが遅いそうだ。
ぜひお試しあれ。

梅雨の終わり方も、
例年なら小笠原高気圧が梅雨前線を日本海まで押し上げて終わるのだが、
今年は、梅雨前線は九州をかすめて太平洋に張り付いたままなんとなく梅雨が終わってしまった。
西日本では猛暑なのに、北海道は延々大雨だ。
今年は、どうもおかしい。

梅干しとカープ

梅雨はなぜ「梅」の雨と書くか。
ちょうどこの頃、中国は揚子江の沿岸で梅が実るからなのだそうだ。
梅は昔から中国人が非常に愛する花である。
「雪に耐えて梅花麗し」とはカープの黒田の座右の銘だ。

梅は中国が原産だが、梅干しは日本が原産?だ。
梅雨時、梅の実が出回る頃、めぐってきた年に一度の季節。
「梅仕事」―なんと素敵な響きだろう。
日本の手仕事は、何も柳宗悦や河井寛次郎だけではないのだ。
そのへんのおばちゃんやおばあちゃんこそが主役なのだ。
しかし、素人には、南高梅のように大きく柔らかい梅干しはなかなか難しい。
南高梅は日本の手仕事のひとつの極みだ。

どうもおかしいといえば、いや、かなりおかしい、というか、やっとまともにカープが強い。
ヤバイよ、これは。
今から、10月はどうして暮らそうか、うれしい悩みを想像しては快感に浸っている。
ちなみに昭和50年の初優勝の後、広島の街は1ヶ月ぐらいぐじゃぐじゃだった。
毎日毎日、たくさんの飲み屋が、
歓喜を形で表そうとする主人が大盤振る舞いの果てしなく続く優勝記念出血大サービス。
毎日毎日、街のそこらじゅうで、知らない者同士が乾杯している。

あの甲子園も東京ドームも神宮も横浜スタジアムもナゴヤドームも半分は真っ赤である。
で、カープグッズが半端じゃない。
各種食料品から身の回りの品まで、ありとあらゆるものにカープ坊やがついている。
昨日も、ランジェリーショップのマネキンが、
カープ坊やの入った艶めかしい赤い下着を身に着けていたのには驚いた。

友人がカープグッズのショップでカープ坊やが描かれているクッキーをみつけた。
こんな気の利いたものを作っているのはどんなメーカーだろう
と思って箱の裏側のラベルと見たら、
製造元が神戸のメーカーだった。
こいつは阪神の回し者かと途端に熱が冷めた。
で、そこらへんのいろんな箱を裏返してみたが、広島のメーカーは一つもなかったそうだ。

グッズが売れ、球団が潤い、ファンが広がるのは大変良いことなのだが、
なんともやるせない話である。
広島のメーカー諸君、チャンスじゃないか。
便乗便乗、もっともっと頑張ってほしい。

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今年のカープグッズカタログは一見の価値がある。
ありとあらゆる分野に、ありとあらゆるグッズがそろっている。
これはすごい!なんと、常識を覆す白・赤!のオセロ。
しかもゲーム盤はマツダスタジアムだ。
「白赤の戦いに白黒つけろ」のコピーも気が利いて秀逸だ。
ナイスな発想。
出典:2016カープグッズカタログ

再び、梅。そして、Made in Japan

南高梅の主産地の和歌山県の田辺市やみなべ町では、
御多分に漏れず梅農家の高齢化が進行している。
また、日本人の和食離れで、梅干しの消費は明らかに落ちている。
一方、この分野でも中国の低価格の梅が大量に輸入され、価格破壊が起きている。

で、なんと、かの南高梅も中国産だそうだ。
中国で塩漬けにしたものが日本に輸出され、
日本で本漬けと仕上げをして、南高梅として売られているそうだ。
さすがに最も重要な本漬けと仕上げは日本ということで少し安心するが、
原産地は紀州産ではなく中国産というのはちょっと悲しい。
しかし、田辺市やみなべ町で梅の栽培が盛んに行われているのも事実なので、
どのくらいの南高梅の加工業者が中国産の梅を使用しているのかは分からない。
少なくとも、本場の田辺市やみなべ町では紀州産の梅を使っていると思いたいのだけど。

昔、憧れの海外旅行の定番だったハワイに行った人の自慢のお土産が、
裏のシールをよく見ると「Made in Japan」とあったというのはよく聞く話だった。
原産地が中国の紀州名産。
タイガースの大阪やジャイアンツの東京が製造元や販売元のカープグッズ。
なんともやるせないねえ。

「Made in Japan」で思い出すのは、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」である。
この映画はタイトルからして洒落ているが、
映画の中身もパロディ満載で、思わずニヤリとさせられるセリフが多い。

1985年(昭和60年)の未来から30年前の1955年(昭和30年)にタイムスリップした
主人公のマーティに1955年(昭和30年)のドクが、
「安物を使うからだ。見ろ、”Made in Japan”と書いてある」と言うが、
それに対して1985年(昭和60年)から来たマーティは、
「なに言ってんのドク。いいものはみんな日本製だよ」と言いい、
ドクが「信じられん。あの敗戦国が」と言うシーンがある。

昭和30年頃は、洗濯機・冷蔵庫・テレビを「三種の神器」といい、
一般家庭にはまだ普及していなかった。
力道山の空手チョップは、街頭テレビに群がるか、
見栄を張って買ったテレビのあるご近所の家に集まってみんな見ていたのだ。
一方、昭和60年はバブルの入り口で、
当時の日本製品といえば、ソニーのウォークマン、液晶のシャープに代表されるように、
世界を席巻していたのだ。

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ウォークマン片手に「音楽を聴きながら瞑想する猿」チョロ松。
ものすごい訴求力。誰もが感じ入ったCMの名作。
よくこんな演出を思いついたものだ。
あの頃のソニーは素晴らしかった。
1987年「全日本コマーシャル大賞」最優秀スポット賞、2000年「20世紀の殿堂入りCM」。
出典:Sony Walkman CM 1987 - YouTube

30年後の世界

30年という時間の区切りは、なかなか興味深い。
期せずして、「バック・トゥ・ザ・フューチャー」が作られた1985年から30年たった今、
30年前にはこの世の春を謳歌していた「It’s a」SONYも、
「目の付けどころがシャープな」シャープも見る影もない。

中国の実質GDPは、1985年は3.8兆人民元だったが、
2015年は、なんと15.6倍の59.2兆人民元になった。
中国の実質GDPは、大体8年で倍になる。
ちなみに、わが国の実質GDPは、1985年は332.7兆円で、2015年は528.6兆円だった。
いかにこの30年間で途上国を中心として世界は大きく動いたかがわかる。

30年後の2045年は、いったいどうなっているのだろうか。
以下のようなことを、あなたは想像できますか?

・世界の人口が100億人に達し、3~4人に1人が、インド人か中国人となる
・日本の人口は1億人を割り込み、3人に1人が高齢者となる
・CO2排出量は80%近く削減される(どうやって?本当にできるのだろうか?)

そして、30年後の2045年は、
終戦、すなわち広島・長崎に原爆が投下されてから、ちょうど100年目の年なのである。

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これでいいのだ!(2016.7)

ウナギは夏に食うもんじゃない

梅雨が明ければ、夏である。
梅雨が明けて最初にやってくるもの、それは土用の丑の日である。
夏の土用は立夏の前の18日間をいい、そのうちの丑の日が土用の丑の日で、
今年は7月30日だそうである。

土用の丑の日といえば、言うまでもなく「ウナギ」である。
なぜ、土用の丑の日にウナギを食べるようになったか。
それは、平賀源内のたくらみからだ。

徳川家康が江戸に居城して以来、
東京湾(江戸湾?)の最奥、低湿地帯の多かった江戸はしきりに干拓が行われた。
この低湿地にはいろいろな生き物がすんでいたが、特にウナギは多かった。
で、ウナギは干拓に携わる労働者の食べ物だったそうだ。
そう、江戸時代初期は、ウナギは江戸のジャンクフードだったのだ。
以後、ウナギの食文化は江戸に根付き、一般食になっていった。

ところで、実は、ウナギの旬は冬なのである。
なので、夏は鰻屋は来客が激減し、商売は上がったりである。
困った鰻屋が、どうしたものかと平賀源内に相談したところ、
源内は「うし」の日の「う」が「うなぎ」に通じるとして、
「土用の丑の日はウナギの日」のキャンペーンを始め、
以後これが広まり定着したという。
今でいう、販促である。
多芸多才の源内は優れたマーケティングアナリスト、コピーライターでもあったのだ。

一年には立春・立夏・立秋・立冬と土用は4回ある。
土用の丑の日は、夏だけではないのだ。
最近は、スーパーを中心に、
「夏以外の土用の丑の日もウナギの日」のキャンペーンを行っている。
商魂たくましいのは気になるが、
先に述べたように、ウナギの旬は冬だから、理にはかなっている。
節分に訳も分からず恵方を向いて巻寿司を食べるキャンペーンよりずっとましだ。

江戸から積み上げてきたもの

小生は子供の時からウナギが大好物である。
長じて関東の大学生に入学し、初めて東京に出た。
やりたいことや、いきたいところはたくさんあったが、
そのひとつが江戸前のウナギを食べることであった。
そして、東京でウナギを食べて、ぶっとんだ。
こんなに美味しいものがあるのかと。

美味しいという源泉は、舌の上でとろける柔らかさである。
関東ではウナギは蒸して焼くことを初めて知った。
ウナギを蒸すことについては、本来の味と風味が損なわれるとの意見もあるが、
小生は素直に美味いと思う。
絶対に美味いと思う。

東京でウナギを食べ歩き、白焼きや「筏」というメニューがあることも知った。
やはり蒲焼が一番うまいと思うが、ワサビ醤油で食べる白焼きもなかなかのものである。
「筏」は、ウナギを数匹串に刺して蒲焼にしたものが、
そのままの形で大皿で出てくるものである。
鰻丼なんてセコイものじゃない。
ただひたすらウナギだけを食べ、大満足である。
「筏」は、東京は南千住の「尾花」。
「釣り針に注意」と店内に貼紙がある。天然物を使っているという意味である。

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これが「筏」。「ウナギ食った~」という感慨に浸れる。お値段もお値段だけどね。
写真:食べログ(尾花)より

こんなことを書き連ねていると、学生の分際でと怒られるかもしれないが、
小生は日頃は節約し、小金をためて月に1回ぐらい東京に出て行って、食べ歩いていた。
感動したのはウナギだけじゃない。
トンカツと天婦羅は東京の食文化の双璧である。

トンカツは洋食のカットレットを日本風にアレンジした和風洋食の典型である。
そして、トンカツは上野が発祥の地で、名店は上野に集中している。
上野でいろいろ食べ歩いたが、双葉のトンカツには食べる前から感動した。

何せ、分厚いのである。
普通のトンカツの倍以上あるんじゃないか。しかも柔らかい。
厚さが3センチぐらいあるのに、箸でちぎれる。
見るからにジューシーで美味そうだ。
美味しいものは、食べる前から、そのたたずまいを見ればわかる。
僕には自信がある。
今まで食べたトンカツのベスト・ワンである。
この双葉、残念ながら閉店してしまって、今はもう、ない。

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これが双葉のトンカツ。何せ、分厚い、柔らかい。
写真:食べログ(双葉)より


天婦羅は、江戸時代からこの地で発展したこともあり、
どう逆立ちしても東京のものにはかなわない。
文化にかけた時間と厚みが違うのである。

江戸前の天婦羅は胡麻油で揚げる。
従って、色が少し濃く、香ばしい胡麻油の香りがする。
こちらの名店が集中するのは浅草と銀座である。
小生が特に感動したのは、かき揚げである。

かき揚げは、家庭では残り物で適当に作るようなものだが、
東京に来て、かき揚げが天婦羅の中でひとつの大きなジャンルであることを知った。
江戸前のかき揚げの基本は、小柱(貝柱)と小エビである。
決して残り物ではない。わざわざそのために作るのだ。

そして、かき揚げといえば、銀座の天国である。
ここのかき揚げも食べる前から感動した。
その厚さ、数センチ。エビがぎっしり詰まっている。
かき揚げを厚く作ろうと思ったら、揚げながらネタを積み上げていくものだ。
しかし天国では、これを一発で作るそうだ。職人の技である。
もちろん、サクサクで美味い。
「食べた~」という実感に浸りながら、
このような食べ物を育んできた江戸、そして東京という街の食文化を思う。

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天国のかき揚げ。厚さ数センチ。食べ応えあるよ。
写真:天国ホームページ


バカボンのパパは成長しなくていいのだ!

街の食文化ということからウナギを振り返れば、
一言語らなければならないのは、名古屋の「ひつまぶし」である。
「ひつまぶし」は、鰻丼の御飯の上に蒲焼が乗っかっているだけでなく、
ご飯にも刻んだ蒲焼が混ぜ込んであるのだ。
これでもか、というぐらいウナギが出てくる。

味噌カツといい、エビフリャアといい、やたらいろんなものが付くモーニングといいい、
名古屋の食べ物は味が濃く、冗長である。
だから、きしめんが分からない。
なぜ、きしめんだけがさっぱりした味付けなのだろう。
名古屋というか、中京地区というか、
ここは関西と関東がクロスオーバーした場所だと思うのである。
食べ物から言えば、静岡は関東で、金沢は関西だ。
美味しいものを食べながら、といったことを考えるのである。

鰻という字は、魚偏に曼である。
曼は「長い」という意味である。
だからこれはこれでうなずけるのだが、長い魚といえば、ウナギとハモが双璧だろう。
しかし、ハモは漢字では鱧と書く。
こちらは豊かな魚で、ちょっと鰻がかわいそうになってくる。

ところで、ウナギといえば、忘れられないものがある。
それは、「ウナギイヌ」である。
「ウナギイヌ」は天才バカボンに出てくるキャラクターである。
天才バカボンに出てくるキャラクターは、バカボンのパパを筆頭に、
レレレのおじさんや眉毛の繋がった警察官など、とんでもなくかつ素晴らしいものばかりだが、
小生はこの「ウナギイヌ」にはぶっとんだ。

何にぶっとんだかというと、ウナギと犬の組み合わせである。
どうしたらこのような発想が出てくるのか。
ハチャメチャで、シュールで、笑えて、ブラックで、楽しい。
僕は赤塚不二夫を心の底から尊敬する。
彼がタモリを発掘したのも、むべなるかなである。

しかし、天才バカボンを連載していたころの少年マガジンは、今思えばすごかった。
天才バカボンに巨人の星(巨人は嫌いだけど)、あしたのジョー・・・
あの頃―昭和40年代頃は、誰にとっても未来が開けていたと思う。
東大安田講堂、大阪万博、アポロ11号、沖縄返還、山陽新幹線開通・・・
混沌としていたが、いろいろなことが起こる予感があった。
わが広島カープも昭和50年に初優勝した。

あれから50年、もういいだろう。
経済成長だけが進歩じゃない。もう、そういう時代じゃない。
和を以て貴しとなし、足るを知り、つつましやかに暮らす。
成熟した高齢化社会だからこそできることがある。
助け合い、思いやり、おもてなし。
積み上げ、熟成させてきた地域の食文化のように、
バカボンのパパの秘められた力のように、
僕たちには誇れるものがあるんじゃないか、と思う。

これでいいのだ!

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日本のごった煮(2016.6)

いのしかちょう

役所に勤めている後輩が、イノシシ被害対策について聞いてきた。
何でも、ため池の堰堤を掘り返して困っているという。
小生は数年前、某県の野生生物保護管理対策について検討する業務に携わったことがあり、
そのこともあって問い合わせてきたのだ。

で、防護柵や周辺林地の伐採等、いくつかの対策について話し、
いずれの対策も「集落ぐるみ」で取り組むことが肝であることを強く伝えた。
鳥獣被害対策は、地域の人々が力を合わせ、
「集落ぐるみ」で取り組まないと効果は上がらないのだ。

対策の中心となる防護柵は、近年、鳥獣被害で悩む自治体が独自に開発したものがいくつかある。
岐阜県で開発された「猪鹿鳥無猿柵」もそのひとつである。
これは文字どおり、この柵ひとつでイノシシ、シカ、サル、そして鳥までも防護できるという、
一石四鳥(正確には、一鳥+三獣)の欲張りな柵なのだ。

しかし、「いのしかちょう・むえん」とはうまく名づけたものだ。
この岐阜県に最近もう一つ「いのしかちょう」ができた。
郡上市の「猪鹿庁」である。
「猪鹿庁」は猟師さんたちよってつくられた里山保全のグループだ。
今後のご活躍をお祈りしたい。

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岐阜県型総合鳥獣害防止柵「猪鹿鳥無猿柵」は、各種有害鳥獣に対応した周年設置、 低コスト・軽量資材、 短期自力施工、省力維持管理の侵入防止柵だ。
(資料:岐阜県ホームページ)


本家「猪鹿蝶」

「いのしかちょう」といえば、花札である。
子どもの頃、祖母とよくやった。
祖母は花札のことを「花」と言った。

「猪鹿蝶」は「松桐坊桜雨」の五光(雨がないものが四光、四光のうちの3枚揃ったものが三光)
と並んで花札の役の王者である。
麻雀でいえば、大三元といったところか。
「猪鹿蝶」が揃うとドキドキしたものだ。
しかし、何で、猪・鹿・蝶なんだろう?

花札は、文字どおり「花」の札であり、猪・鹿・蝶の札の花は、それぞれ萩・紅葉・牡丹である。
関連して、鳥獣の肉には花の名前を持つものがある。
牡丹は猪、桜は馬、紅葉は鶏の足である。
動物からいえば鹿肉には花の名前はなく、花からいえば萩には動物の名前はなく、
関連ありそうで全く関連はなさそうである。

それぞれの組み合わせの由来は、
猪と萩は徒然草、鹿と紅葉は百人一首といわれているが、蝶と牡丹がよく分からない。
ただ牡丹と蝶を組み合わせた「牡丹蝶文」という文様は昔からあり、
陶磁器の皿によく使われたので、組み合わせとしてポピュラーだったのだろう。

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猪鹿蝶。よく見れば、猪の目がかわいい。てふてふと牡丹の配置は、不等辺三角形の典型である。

花札は、各月を代表する12種類の「花」で構成されている。
だから、「花札」というのだ。
ちなみに、今月、6月の花は、これまで話題にしてきた牡丹なのである。
しかし、「花」といいながら、
「花」とは呼べない松やススキや柳が入っているところに日本人の美に対する意識を感じる。
余談だが、先日決まった東京オリンピックのエンブレムはモノトーンの市松模様である。
色彩がないことから、地味との批判もあるが、小生は日本らしくていい選択だと思う。

花札の役の四光は、桜・鶴(松)・桐(鳳凰)・月だが、これはまさに「花鳥風月」ではないか。
桐(鳳凰)が「風」というのは少し苦しいが、
想像上の鳥である鳳凰が飛翔するのを「風」とすれば、意味は十分通じる。
そして、これに「雨」が加われば最強の役「五光」となる。
湿潤なモンスーン気候である日本では、雨は重要な自然の要素である。
「花鳥風月」に「雨」が加われば、完璧である。
「五光」が最強の役である所以であろう。

花札に登場する動物は、「猪鹿蝶」と「ひとつの例外」を除いて、なんとすべて鳥である。
すなわち、鶴、鶯、不如帰、雁、燕、そして鳳凰である。
わが国で自然を表す言葉である「花鳥風月」において、
動物は「鳥」として表現していることを考えれば、あらためてその意味に気づかされる。
そう考えると、「猪鹿蝶」とは、鳥以外の動物全般と考えられなくもない。
そして、問題は、「ひとつの例外」である。

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これが「五光」だけど、僕は雨がない「四光」が好きだ。「四光」はまさに「花鳥風月」、すなわち、「自然」だ。

人生のことはすべて蛙から学んだ

「ひとつの例外」とは、実は、人間である。
「花鳥風月」の花札に、一人だけ人間が出てくるのだ。
雨の札の小野道風である。
この札の人物は、もともと歌舞伎に出てくる斧定九郎という人物だったそうだが、
洒落で小野道風に置き換えられたのだそうだ(名前がどちらも「おの」だから)。

小野道風は、平安時代の貴族・書家で、「三跡」として有名である。
子どもの頃はこの札が嫌いだった。
なぜって、花や鳥の中で、この札だけが人間で、絵柄も雨がふっていて辛気臭い。
しかも後に述べるように、「花見に一杯」や「月見に一杯」を流してしまうので、
ババ抜きのジョーカーのように、何とも嫌な札だった。
しかし、この札は、その変な絵柄で大いに気になる存在だった。

絵柄は、柳の木の脇で直垂をまとった貴族風の男(小野道風)が傘をさして佇んでおり、
その横で跳ねる蛙が大きく描かれている。
物語のような絵柄は、何か意味があるようである。
それは、こうである。

書の才能のなさに悩んでいた小野道風は、
ある雨の日、蛙が柳の枝に飛びつこうと何度も跳ねているのを見た。
所詮蛙だから、無駄な努力をしてもできない事が分からないのだなあと思って眺めていた。
ところが、偶然風が吹いて柳がしなり、蛙は柳の枝に飛び移ったのだ。
これを見た小野道風は、呆然となった。

蛙は一生懸命努力して不可能を可能にした。
それに引き換え、自分はどれほどの努力をしているのかとあらためて気づき、
それからは努力を重ねて書の道に励み、死後、「書道の神」と言われるほどになったという。
押しつけがましい道徳の教科書のような話であるが、
でもいいじゃないか、こんな物語のあるのが、花札のまたいいところでもある。

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雨の札の小野道風。彼は柳に飛びつく蛙からすべてを学んだのだ。

花札―この日本的なもの

花札の役は洒落ている。
「菊に盃」という札があるが、この札は「化け札」といって曲者だ。
「菊に盃」は、通常は何の役にならない「カス札」であるが、
この札と桜が揃えば「花見に一杯」、この札と月が揃えば「月見に一杯」という役になる。
しかし、この役ができていても、ローカルルールのようだが、
期せずして雨の札を引いてしまうとこの役が流れるのだ。
雨が降れば、花は散り、月は見えない。
実に日本の風情を感じさせる発想ではないか。

「菊に盃」の曲者の最たるものは、
この札を持っているとカス札9枚で役になるのだ。
酔っ払いが徒党を組めば、大トラになって暴れまわるという趣向である。
花札の役は洒落ているだけではなく、ひねりも効いているのだ。

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「花見に一杯」「月見に一杯」。「菊に盃」は曲者の「化け札」だ。小心者の酔っ払いが大トラにジャガーチェンジするのだ。

そのような伝統を受け継いで、
「猪鹿蝶」という言葉からだけでも先に述べたような様々な「いのしかちょう」が生まれている。
語呂がいいのである。
日本語の言葉遊びのなせる業である。

花札は、例えば百人一首と比べるとかなりゲスなカードゲームである。
競技スポーツでもある百人一首に比べ、
花札は「こいこい」や「おいちょかぶ」など賭け事にも使われる。
和歌の教養とたしなみである百人一首に比べ、
花札は賭博を助長するものとして度々禁じられてきた。
しかし、小生は花札が好きである。

洒落ていて、ひねりが効いていて、
花鳥風月と春夏秋冬の日本の自然をなぞり、
日本的なものがごった煮状態で凝縮された花札。
日本人がある意味、典型、理想としてきた自然の姿が花札にはある。
その姿は、高尚なものではなく、身近なものだ。
数百年後に「猪鹿鳥無猿柵」という柵ができるぐらいだ。
その姿は、あるべき環境のイメージとして、
日本人の誰もが心の基底に持っているものではないだろうか。
と、思うのである。

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お好み焼きから世界が見える(2016.5)

西洋お好み焼き

今からざっと40年前、高校生の頃、友人が、
「おい、知っとるか、本通りに西洋お好み焼きを食べさせる店ができたんじゃと」と言う。
『西洋お好み焼き』?なんじゃそりゃ。
お好みソースがケチャップなのかな。青のりじゃなくてパセリがかかっているのかな。
ヘラじゃなくて、ナイフとフォークで食べるんかいな。

などと思っていたら、それを食べに行った友人が勝ち誇ったように言う。
「おい、『ピザ』ゆうて知らんじゃろう。西洋お好み焼きは『ピザ』ゆうんじゃ」
「で、そりゃあ、どんな食い物じゃった?」
「厚いお好み焼きに溶けたチーズがかかっとる」

ここで最初の疑問だ。
そもそも溶けたチーズというものが想像つかない。
チーズといえば、QBBや雪印の四角いやつを切って食べるものだ。
あの硬い石鹸みたいなものが溶けるとも思えない。

「ナイフとフォークで食べるんか?」
「いいや、手でつまんで食べるんじゃ」
おいおい、お好み焼きを手でつまんで食べる?
あんな熱くてソースまみれの焼きそばやキャベツを手でつまんで食べるんか!

で、百聞は一見に如かず。みんなで食べに行こうということになったのだ。
余談だが、小生の高校は制服もなく自由な校風で、
下校の際はいつも広島の繁華街の本通りをぶらついて帰るのが常だった。
(これを『本ブラ』という)
真面目な高校生だった小生は本通りの本屋をはしごしたが、
学校帰りに喫茶店はもちろん、
パチンコや雀球(知ってるかな)に出入りするやつも少なくなかった。
なので、平気で喫茶店などに行ってたのだ。

はたして、出てきた。これが『西洋お好み焼』きか。いや、『ピザ』か。なるほど。
『西洋お好み焼き』というけど、お好み焼きと全然ちがうじゃん。
こりゃどっちかというと、丸くて平たいパンだ。
おお、美味いじゃないか。カッコイイ食い物じゃ。

しかし、次なる問題は、サテンのおねーちゃんがピザといっしょに持ってきた小瓶である。
「ケチャプじゃろう」
「ほいじゃが、ケチャップにしたら小さいでぇ」
「高級ケチャップじゃけえビンが小さいんじゃ」
ちょっとかけてみようということになったのだが・・・
「これ、出が悪いのう。なかなか出ん。口が小さすぎるんじゃ」
「高級じゃけえ少ししか出んようになっとるんじゃ」
「めったに食べれんけえ、いっぱいかけやぁ」

そう、タバスコである。
この後どうなったかは、ご想像にお任せする。
この後、ピザを出す喫茶店は広島にあっという間に広がった。

タバスコといえば、スパゲティである。
当時はまだパスタという言葉は、ない。
そして、スパゲティといえば、ナポリタンとミートソースである。
それ以外のスパゲティは、ない。

小生が小学生の頃のスパゲティは、
袋に入ったゆでめんと粉末のケチャップをフライパンで炒めて作るものだった。
乾めんを茹でるようになったのは、いつの頃からだろう。
アルデンテという言葉が一般的になったのは、いつの頃からだろう。
高校生の頃は既にそうだった。
でも、なつかしいなあ、ナポリタン。
喫茶店のスパゲティの定番、トンカツ、カレーライスと並ぶ和製洋食の傑作だ。
オリジナルなイタリアのパスタから遠く離れてしまったけど、
僕はイタリア料理の偽物というより、進化をとげた和製洋食だと思う。

お好み焼き七変化

『西洋お好み焼き』ではない、本物のお好み焼きであるが、
僕が子供の頃、お好み焼きは焼きあがったら半円状に二つにたたみ、
たたんで上になった皮の部分にソースを塗り、青のりを振りかけて出していた。
従って、ネギかけとか、いわゆるトッピングという概念はなかった。

丸いままで出し、トッピングするようになったのは、いつ頃だろう。
イカを入れるのはあったけど、チーズやら、納豆やら、
いろいろなものを入れるようになったのはいつの頃からだろう。
また、昔はチャンポンといって、ソバとウドンの両方を入れるメニューがあったのだが、
最近はとんと見たことがない。
その一方、ひき肉を使う府中焼き、砂ズリを使う尾道焼き、
ソバではなく米を使いポン酢で食べる庄原焼き、唐麺を使う三次唐麺焼きなど、
様々なバリエーションが生まれている。
これらのバリエーションのうちいくつかが生き残り、
やがて定番となり、オリジナルがスタンダードになっていくのだ。

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戦後の復興期、新天地に集合した屋台のお好み焼きは、お好みソースの開発とともに一銭洋食からソバ肉玉のお好み焼きへ、さらに店独自のバリエーションへ。そして屋台は、「お好み村」へ進化した。

お好み焼きといえば、中学生の頃、大阪万博に行ったときのことを思い出す。
西宮に親戚があり、立ち寄った。
そこのおばさんと小生の母親が話をするうちに、お互いお好み焼きが好きだということが分かり、
意気投合してじゃあ早速食べに行こうということになって、店に連れて行ってもらった。
で、出てきたのはお好み焼きとは似ても似つかない代物だった。
そう、初めての関西風のお好み焼きとの遭遇だった。

ソバも入っていないし、粉をかき混ぜて焼くだけじゃないか。
技術も何もあったもんじゃない。
キャベツやソバが飛び出さないよううまくひっくり返したり、
ソバはパリッと、キャベツはふんわり甘く、そういう技術は必要ない。バカでもできる。
おばさんには悪いが、我が家ではそれ以来、関西風お好み焼きを『くるくるぽん』と称している。
しかし、大人になって大阪でお好み焼きを何度か食べ、
生地の配合、具材等、これはこれで技術を要する食べ物であることは理解した。
これを卑下するものではないことをお断りしておく。

スタンダードとオリジナル

小生たちにとっては、いわゆる広島風のものが『お好み焼き』であり、
先方のものは『関西風お好み焼き』なのだ。
しかし、全国的に見ると、関西風お好み焼きが『お好み焼き』であり、
広島のものは『広島風お好み焼き』なのだ。

広島で『広島風お好み焼き』の看板を上げている店は、少し考えた方がいいんじゃないかと思う。
広島でお好み焼きといえば広島風なのは当たり前で、
わざわざ広島風と入れるのは、その店が土着の本物を食べさせる店ではなく、
観光客向けの店だと自ら言っているようなもんじゃないか。
ましては、その上に「元祖」や「本家」をつけるのはやめてほしい。
広島では、屋台の時代から、みんなが「元祖」であり、「本家」なのだから。

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広島で店出して「元祖」はないじゃろう。(某有名店)

人は誰も自分がスタンダードだと思っている。
しかし、外には広い世界が広がっているのだ。
その広い世界を見て、経験して、そのうえで自分を見てみると、
自分は決してスタンダードではないことに気づく半面、
今まで気づかなかった自分のオリジナリティを発見する。

自分のオリジナリティを発見したら、止まっていてはいけない。
いろんなものを採り込んで、絶えず進化していかなければならない。
進化によりスタンダードからどんどん離れていったとしても、
それが唯一無二のオリジナルになるのだ。

誰もがOne&Only、一にして二ならざるものなのだ。

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宝探しの旅(2016.4)

面白探偵団

今回は、春のやさしい風に誘われて、飲み屋をはしごすることにしました。
海の香りもたっぷりなので、ぜひご賞味ください。

松江の郷土料理店にて

松江で友人と待ち合わせ、飲みに出た。
どこにしようかと夜の街をさまよった挙句、この店にしようということになった。
その店は、松江の有名な郷土料理の店「てれすこ」で、
小生は行ったことがあったが、連れは行ったことがないというので店に入った。
カウンターの奥に陣取った。

あるある。カウンターの大皿にずっとこの地の食材が並んでいる。
ノドグロやモロゲエビや白イカはよく知っているし、食べたことあるし、
そして何よりも高いので遠慮するとして、
うーん、何にしようかなあ。
とりあえず、ビール。

20センチぐらいのメカブが丸のままころがっている。
どうやって食べるのかとお店の人に聞くと、ただ焼くだけだという。
普通は刻んでネバネバになったのをポン酢で食べるけど、
丸のまま焼くなど聞いたこともないので、まず、メカブ。

メニューを見ると、「おじさんの干物」とある。
鳥取ではこの時期「ばばちゃん」という魚があるが、「おじさん」とは初めて聞いた。
「おじさん」って何ですか?と聞くと、深海の小魚だという。
宮崎では「メヒカリ」という深海の小魚を食べるが、それと同じかなと思い、これも頼む。

ビールに合いそうなので、小生はアカガイの煮物、連れは津田カブの漬物を頼む。
知らない人のために言っておくと、島根でいうアカガイは、いわゆるアカガイではなく、
少し小ぶりなサルボウ貝のことをいうのだ。
また、津田カブは紫色をした細長いカブで、このあたりの名物だ
こいつは茎と葉ともに酸味があってうまい。

で、あるじゃないか。
島根で食べるのは知っていたが、なかなか遭遇出来なかったやつ。
いつか食べたいと思っていたやつが大皿の上にてんこ盛りである。
そう、カメノテである。
これも迷わず頼む。

カメノテは、貝のように見えて、
実はこいつはこともあろうに、エビやカニと同じ甲殻類なのである。
エビやカニよりフジツボに近い。
カメノテの指というか、爪というか、先の方は硬くて食べれるようなしろもんじゃない。
カメノテの手首というか、根っこの方も鎖かたびらのようなざらざらした感じで、
これも硬くて食べれそうにない。

では、どこをどうやって食べるか。
この鎖かたびらを剥くのである。
そうすると、中から肌色の身が出てくる。
これを吸うようにして食べるのである。
食味・食感は、貝のような感じだが、もっと磯の香りが強く、ホヤが一番近いかな。
ホヤといっても、広島では食べたことのある人は少ないだろうけど。

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カメノテは、食べれるところが少なく、そんなに美味いもんじゃないけど、
磯の香と「カメノテを食べた」という事実のために食べる価値はある。
と、思う。


メカブは結構塩味が効いた食べ物だった。
「おじさん」は島根でいう「金太郎」だった。
「金太郎」は、見た目は細くて小ぶりなノドグロといった感じで、ピンク色をしている。
この地では、干物にして普通に食べる。
ま、「おじさん」の正体が分かってよかった、というところか。

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松江の郷土料理「てれすこ」。
松江駅前の飲み屋街・伊勢宮の新天地にあります。
松江においでの際は、是非どうぞ。
(写真:てれすこホームページ)


隠岐の飲み屋にて

島根の海のものといえば、数年前に行った隠岐の島でのことである。
西郷の飲み屋に夜一人で入り、カウンターに座り、メニューを眺める。
おやっ、もしかして、これは・・・「ベコのヌタ」とある。
迷わず注文する。
出てきたものを見て確信した。
アメフラシである。

オヤジさんに聞くと、間違いなくアメフラシだ。
アメフラシはウミウシの仲間で、島根では「ベコ」というのだ。
これも先のカメノテと一緒で、島根で食べるのは知っていたが、なかなか遭遇出来ず、
いつかは食べたいと思っていたものだ。
やっと会えたねアメフラシ君。

で、食べてみる。
正直、あまり美味くない。
まず、硬い。味がない。しょっぱい。
アメフラシは殻のない貝だ。
貝でもサザエやアワビは美味いが、これは干物にした味の抜けた貝のようだ。
酢味噌にまみれた貝の干物をつまみながら、いろいろと疑問がわく。

で、オヤジさんに聞いてみる。
「ベコはどこで仕入れるんですか?市場に出るんですか?」
「こんなもん市場には出ませんよ。漁師が採れたけどいらんか言うてくるんですよ」
「そのまま持ってくるんですか?」
「いいえ、漁師が浜でさばくんですよ。そうしない大変なことになります。
3,40センチのやつでも、さばくと縮んで握りこぶしぐらいになりますよ。
ほとんど水なんですよ」
「どうやって料理するんですか?」
「その握りこぶしぐらいのやつを茹でるんです。
そして切って、酢の物にしたり、ヌタにしたり・・・」

知らない人に誤解を恐れず言っておくと、アメフラシは見てくれは大変気持ちが悪い。
灰色というか、濃い紫色というか、何とも不気味な色をした、
早い話が、数十センチの巨大な海のナメクジである。
そいつが海の中で岩の上なんかを這っているのである。
しかも、こいつは、つかんだりすると紫色の液体を大量に出す。

料理はいいが、どういうルートで出回り、どこでどうやってさばくのかとても疑問だった。
疑問も解け、実際に食べることができたので、
食味はイマイチだったけど大いに納得した。

中国の海鮮料理店にて

20年前ぐらいに中国に行った(遊びじゃないよ、仕事だよ)。
厦門(アモイ)から上海のあたりは海鮮料理の店が実に多い。
同行した中国人はみんな海鮮料理が好きだと言っていた。
これらの店は共通した特徴があって、
まず、店頭はほとんど水族館というか熱帯魚屋である。
たくさんの水槽が置いてあって、魚やら、貝やら、「何やらかやら」、種類ごとに飼われている。
客は、これらの水槽を見て料理してもらう魚などを指名し、
あとは席について料理が出てくるのを待つのである。

その店頭の水槽であるが、魚や貝は別にいいのである。
「何やらかやら」が問題なのである。
びっくりしたのは、カブトガニである。
環境省レッドリストでは絶滅危惧I類であり、
岡山の笠岡などでは天然記念物に指定されているそいつが、
水槽の中で食べられるのを待っているのである。

こんなもん食べていいんかい。
ここは中国だから、環境省も天然記念物も関係ないとして、
こんなもん、どこを食うんだろう。
カブトの下にある体の部分は食べるところがあるのだろうか。
カニの足でもあれだけ食べるところがあるのだから、まあ、あるのかもしれない。
しかし、実が詰まっているようには思えないのだが。

小生は食べることがとても好きである。
食べたことのないもののことを聞いたり遭遇したりしたら、スイッチが入る。
カメノテやアメフラシのように。
で、「中国では四足で食べないのはテーブルだけ」という食の国・中国に初めて行った小生は、
期待満々、興味津々で、「僕は何でも食べます」とツアーグループの中で公言していたのだ。

この海鮮料理店の店頭の水槽には、カブトガニ以外にも「何やらかやら」が結構いたのである。
そのうちのひとつが、ミミズというか、ゴカイというか、あの手のやつがあったのだ。
まるで釣り道具屋のアオムシ状態で、
水槽の中でからまって団子になっているのを目ざとく見つけたやつがいて、
「おお、○○さんが食べるやつがいた」などと小生を呼びに来た。
おいおい、これかよ。
みんなニヤニヤして見ている。
「ああ、オレは何でも食べるよ。食べれないものはない」と言うしかないじゃないか。

テーブルで待っていると、はたして出てきました。さっきのあれが。
で、どうなっていたかというと、これが、いわゆる煮こごり状態なのである。
洋食的にいうと、ゼリー寄せ。
薄茶色の煮こごりの中に、さっきのやつが何匹も白くなって入っている。
断面は丸く中空のようである。
見た感じはいけそうだ。

食べてみる・・・貝だ。
これは貝だ。
一番近いのはアサリの水管。
食味も食感も貝のヒモである。
偽らざる気持ちを言えば、最初はさすがにちょっと後悔したが、
生きているところを見るから気持ち悪いのであって、料理されたものは何ということもない。
気持ち悪さから言うと、生きている時も、料理された後もナマコの方がずっと気持ち悪い。
ナマコは小さい時から食べ慣れているから何も考えないだけだ。

これ、結構いけるよ。
みんな、つまんでみたらどう?はっはっは。
箸を伸ばすやつは一人もいなかった。
記憶をたどるとカメノテやアメフラシよりもずっと美味しかったように思う。

カメノテやアメフラシを探して

仕事柄、どこへ行っても「まち・ひと・しごと」の地方創生である。
交付金のバラマキだとの批判もあるが、ここは前向きにとらえたい。
その地方にしかないものを発見し、それを「ひと」が動かし、
動かしたところに「しごと」が生まれ、その交流により「まち」が動き出す。
地方の宝に、そこに住んでいる人は気づかないものである。

宝にはいろいろなものがある。
人や施設やイベントだけではない。
音や匂いかもしれない。
街の猥雑さや田舎の何もなさかもしれない。
犬や猫やカラスやスズメかもしれない。
しかし、いちばん分かりやすく根源的なものは食べ物である。
食べ物はそれぞれの地域の文化に根差した貴重な宝である。
錦織くんがテレビでちょっとしゃべったとたん、ノドグロはどっと出回り、どっと高くなる。

僕はいつもカメノテやアメフラシを探している。
面白そうなもの、ウキウキするようなものを探している。
いやいや、遊び以上に仕事においてである。
次のカメノテやアメフラシには、いつ、どこで会えるかなあ。

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